人口と$CO_2$の排出量の関係
人類の営みの結果$CO_2$の排出が増えたということならば、人口増加に従って$CO_2$濃度がどのように推移したとか、人類が一人増えるごとに$CO_2$濃度がどの程度増加するのか、など興味あるところである。世界の人口の推移と$CO_2$排出量がどのような相関関係になっているのかについて、きっと世の中には関連情報が溢れかえっていることだろう、と思ってインターネットで検索すると2023年前半の断面では、実はあまり多くの情報は出てこないのだ!あまりにも基礎的な事実だから今更誰も気にしないのだろうか。しかし、こういう基本的なことが様々な人々の手で検証された跡が残っていないのは非常に良くない傾向だ。このような訳で結局我々が自ら作成した。
$CO_2$の排出量増加の原因は世界の人口増加である?
世界の人口統計はworldmeterから、また$CO_2$排出量はThe Global Carbon Budget 2022のデータを用いた。1959年から2021年までの年次の相関関係を見たものが以下の図だ。
ここから次の主張をしてみよう。
- 世界の人口と二酸化炭素排出量は明確な相関関係がある
- この事実の自然な解釈は$CO_2$の排出量増加の原因は世界の人口増加である
つまり上の回帰式を用いることで将来の世界人口予想値が分かれば、その時点の$CO_2$排出量を推定することが出来ることを意味する。
$CO_2$の排出量増加の原因は世界の人口増加ではない?
実は上図の解釈は少し説明が必要だ。単純に相関関係が強いと、人々は思わず因果関係まで勝手に読み取ってしまう危険があるからだ。要は、1959年から2021年までの間を切り取ってみると、たまたま世界人口が増加していて、一方でたまたま$CO_2$の排出量が増加しているだけなのであって、両者にはこれと言った因果関係は無い可能性だってある。間違ったことを前提に議論を発展させると大変な意思決定の誤りを人類はしてしまうかも知れないため、もっと注意深く議論をする必要がある。
実際、国別排出量でみると人口爆発している地域の排出量より発展した国の方が排出量が多いなどといった個別の矛盾した話題もあるため解釈が混乱しやすい(詳細は後の章で議論する)。様々な文献を見ると、人口が増える経路は要は以下の2つに集約される。
- 第1経路:技術革新が起きる ⇒ より高いエネルギー効率で多くの仕事が出来るようになる ⇒ 国が発展して多くの人口が養える様になる ⇒ 医療が充実して人が死ななくなる、教育も充実して更なる技術革新が起きる(始めに戻る)
- 第2経路:貧困である ⇒ 労働力確保のために子供を産まなければならない ⇒ 労働力の過剰供給で低賃金から脱却できない(始めに戻る)
これだけ見ると次のように考えられる。$CO_2$排出が著しいのは主に第1経路であって工業化に成功した国が該当し、その国の人口増加は著しくない。一方で深刻な人口爆発が起きているのは主に下側の第2経路であり、途上国が該当するが$CO_2$排出は著しくない。これらはそれぞれ独立の事象であるため、上の図は「たまたま因果関係があるように見えただけで本当は関係ない」ということになる。
本当のところはどう解釈すべきなのか?「人類の営み」システムの解釈が鍵
大抵の議論は上記の周辺で終始してしまうため、上の一枚のグラフが物事の本質を表しているのかどうか人々は良く分からなくなってしまう。本稿冒頭で、インターネット検索をしても人口増加と$CO_2$の排出量の増加の関連を説明した情報が少ないと言ったが、背景はこうした理由からなのだろう。
我々は知性を持った人類である。知性があるのであれば、時には哲学的洞察をもって物事の本質を考えることもできる。冒頭で筆者は「人類の営み」が原因で$CO_2$排出が増えるのであれば、、という言い方をした。その「人類の営み」の規模を示す最も素朴な変数が「世界人口」だっただけだ。ここで「人類の営み」の中身をもう少し詳しく考えてみよう。
まずは「人類の営み」の歴史を振り返ろう。知性を獲得した人類の祖先は最後の氷期が終わると農耕を始めた。これはより効率的な生命維持、自己保存が可能な手段の獲得だった。農耕が始まるとより組織的に行動する必要の高まりと富みと権力の集中が起きた。また定住に伴い土地の所有も始まる。富の保存と移転をするための貨幣も開発された。組織的な戦争も盛んにおこなわれるようになった。より強力で豊かな国家を支えるための奴隷も大量に必要になった。権力があるものが法律を作り自らの階級や権益を盤石にする根拠を作り国を治めた。
当然、他国との交易の際には治外法権であるため、いくらでも自分たちに有利な条件を追及できた。この際、力があれば相手を屈服させることが出来た。直接的に領土を拡大して国家運営するより、搾取した方が楽に稼げるという知恵がついた。これにより富める国家がより貧しい国家から継続的に搾取することが出来る構造が出来た。これが暗黙の前提になって社会制度や伝統、差別や偏見が積み重なって、人類の営みとなってきた。
これは古代に確立して現代に至るまで変わらない「人類の営み」の普遍的な側面と考えられる。このような「人類の営み」システムは実は、確かに社会全体としては安定化するため人が死ににくく人口増加しやすいのと、富める者が富むために多くの搾取されるべき人を必要とするためやはり人口増加にドライブがかかる。つまり、上で示した人口増加の二つの経路は一見独立な事象のように見えるが「人類の営み」という一つのシステムが走り続けるための車の両輪と解釈するべきなのだ。
こうした認識を踏まえて改めて主張しよう。
- より大きな視点で歴史を振り返ると実は世界人口で$CO_2$排出量がだいたい説明が出来てしまう描像は正しい
- 但し、世界人口という変数には人類が発展して豊かになった側面と人類が人類を搾取している側面が含まれている
この事実は一部の政治家や利権団体にとっては「不都合な真実」の可能性がある。だがこの動かざる単純な事実を根拠に本稿では以下の議論を進める。よって、もし仮に近い将来人類が「人類の営み」システムを改良することが出来れば、前提が変わるので、その際は以下の議論を見直す必要がある。
長期の世界人口予想から見える将来の$CO_2$排出量
実際に国連が出している将来の世界人口の予想(中位推計)から、上図の回帰式を用いて、将来の$CO_2$排出量を推定したのが以下の図の赤のドットラインだ。
当然、様々な要因で人口も$CO_2$排出量も決まるので単純な回帰式で将来を推定することは出来ないものの、「人類の営み」システムで説明したように人口と二酸化炭素排出量の相関の強さは今後もそう簡単には変わらない。そうだとするとこの分析から以下の主張が言える。
2100年までの世界人口の最大値は2086年の約104億3千万人で、その時点の$CO_2$排出量が約140億トンであり、これが年間排出量の最大値である。
そうすると、次の質問は「年間140億トンって、多いの?少ないの?」ということで排出量のインパクトをどうやったら見積もることが出来るのか?が問題になる。
排出した$CO_2$の大気への蓄積
上記の$CO_2$排出の最大値の結果、どの位まで気温上昇が起きるのか?に興味がある。そのためには、まず排出した$CO_2$がどの位大気に蓄積するのかを知る必要がある。以下の図はThe Global Carbon Budget 2022からの引用だ。
化石燃料からの二酸化炭素排出量(fossil carbon)と森林破壊を含む土地利用の変化による排出量の増分(land-use change)対して、海洋(ocean sink)や森林(land sink)等が吸収して残りが大気(atmosphere)に蓄積する。ここから以下のことが分かる。
- 化石燃料を燃やしても森林が$CO_2$を吸収してくれるから大丈夫、というほどには森林は$CO_2$を吸収してくれる訳ではない
- 海洋が$CO_2$を吸収してしまうため、海洋の$CO_2$濃度が高くなることによる問題も別途起きている
- 化石燃料を燃やすことで、大気に着実に$CO_2$が蓄積されていく
ところで、この大気に吸収されたとされる$CO_2$の数字は実際に大気で観測された$CO_2$の濃度と一致しているのだろうか? この数字が合わないと、地球温暖化の議論は大きな欺瞞の可能性を疑ざわるを得ない。実際の地球の大気で観測される$CO_2$の濃度から、その$CO_2$の全質量を計算してみよう。
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地球の大気の質量は$M_e = 5.28\times10^{18}kg$
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1959年の$CO_2$濃度:$\rho_{1959} = 316.9ppm$
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現在の$CO_2$濃度:$\rho_{2021} = 414.71ppm$
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$1mol$の乾燥大気の平均分子量は$m_{air}28.96$、$CO_2$は$m_{CO_2}=44$
($1mol$とは分子が$6.02\times10^{23}$個集まった集団のこと。その質量をグラム単位であらわした数値を「分子量」という。)
とすると、
- 1959年の地球の大気に含まれる$CO_2$の質量:$M_{CO_2 1959}= M_e*\rho_{1959}*\frac{m_{CO_2}}{m_{air}} =2,542\times10^{12}kg$
- 2021年の地球の大気に含まれる$CO_2$の質量:$M_{CO_2 2021}= M_e*\rho_{2021}*\frac{m_{CO_2}}{m_{air}} =3,327\times10^{12}kg$
よって、1959年から2021年までの$CO_2$濃度増分の質量換算 $M_{CO_2 2021} - M_{CO_2 1959} =785\times 10^{12}kg$となる。
一方で、The Global Carbon Budget 2022による1959年から2021までの$CO_2$の大気への蓄積量は、$783\times 10^{12}kg$である。
つまり$CO_2$排出量の累積値と実際の大気濃度の増加分を経年観測した結果はほぼ一致することが分かった。よって$CO_2$を排出したから大気の$CO_2$濃度が上がったという議論は正しい。 (ちなみに同じ期間の地球の平均気温の上昇幅はおよそ$+0.74{}^\circ C$である。)
一方でこの比較結果は結構驚くに値するのではないだろうか。何故ならば、全く異なる情報源と取集過程から得られた結果が長期にわたって一致していることを示しているからで、通常はもっと観測誤差が大きかったり片方の方法ではカウントできない項目があるなどして不一致となることが一般的だからだ。この数字の背景には「一つの現象はどこから観測しても同じ結果とならなければならない」という科学者達の強い意気込みが感じられる。
将来の$CO_2$排出のインパクト
将来の人口増加を勘案した際に、実際にはどのくらいまで$CO_2$が蓄積するのだろうか?その気温への影響はどの位なのだろうか?
海洋の吸収力の見積:化石燃料による$CO_2$排出量の$25\%$は海洋が吸収する
海洋は十分に大きく広いと仮定して、過去から現在までの海洋の$CO_2$吸収割合が今後も不変であるとする。The Global Carbon Budget 2022のデータで1959年から2021年の排出された$CO_2$量と、排出された$CO_2$の海洋への吸収分を比較すると以下の図となる(点線は回帰)。
2100年の姿の試算: 平均気温は$17.3{}^\circ C$
仮に、2022年から2100年までの予想される$CO_2$の排出量に対して、土地利用の変化、森林の吸収が2022年のまま不変だしよう。土地利用の変化に伴う排出量の増加は歴史的にも一定水準で推移しているように見えるため不自然な過程ではない。森林については後に詳しく議論するが森林資源は年々衰えているため森林が吸収してくれる$CO_2$の水準を一定とみなすのは、大気への蓄積量を過小評価していることになる。後の議論は「少なく見積もってもこれ位なので、実際はもう少し不都合な現実がまっている」と解釈して欲しい。そして海洋が吸収する分は上記の関係を考慮に入れて、追加的排出分の$25.53%$は海洋が吸収するとする。すると下図の通り2022年からの差分として大気に追加的に蓄積される$CO_2$は2100年の時点で$1,553\times10^{12}kg$と推定される。
この結果と前の章で作成したT_co2()関数を用いることで以下の結論が得られる。化石燃料の利用によって、2022年から2100年まで追加的に大気に蓄積する$CO_2$により$CO_2$濃度は$608ppm%$まで上昇し、その時点の大気の平均気温は$17.3{}^\circ C$となる。産業革命前で$13.76{}^\circ C$位とすると、そこから$3.54{}^\circ C$の上昇となる。 これは第6次IPCCで言うと排出量の多いシナリオ(SSP1-7.0)と同程度の結果と言える。ここまでの議論あらためてまとめると次のようになる。
- 観測データと簡単な数理モデリングだけでIPCCの予測結果は大体再現できる
- IPCCの「排出量の多いシナリオ」は悲観的なシナリオとして描かれているが、人口推移の中位推計(妥当な水準)と地球による$CO_2$吸収力を楽観的に見積もった言わば「楽観的なシナリオ」として捉えるべきで、実際はもう少し悪い可能性がある
- 更に、上記の試算は水蒸気による増幅効果等を無視している点は再三述べている通り注意が必要で、実際にはもっと「悪いシナリオ」になると考えるべきだろう
問題提起:そもそもIPCCは2100年までしか予想していないのだが、上記の累積効果を勘案すると2100年以降も着実に累積するのだから、将来への影響を考えるのであれば2200~2500年位まで推定しないと意味ないのではないだろうか?特に、一度大気と海洋に蓄積してしまった$CO_2$はそう簡単には自然と元の状態には戻らないので、そこまで考えてシミュレーションしなければ人類は無責任というものではないか。少なくとも2100年を議論のゴールにするアプローチは適当ではないと考えられる。特に自然界の動植物の絶滅リスクが現実として高まるのは2100年より先のことかも知れない(この辺の議論はもう少し後の連載で行う)と筆者は考えている。
上記の計算スクリプト
# 上記計算のスクリプト
M2100 = 1553 # 2022年から2100年までに追加的に大気に蓄積されるCO2の質量 [10^{12}kg]
Mco2 = 3327 # 2021年の地球の大気に含まれる 𝐶𝑂2の質量 [10^{12}kg]
rho_present=414.71 #現在のCO2濃度 ppm
T_industrial_revolution = 13.764 # 産業革命前の大気の温度[C]
rho = rho_present* (M2100+Mco2)/Mco2 # 2100年のCO2濃度
T = T_co2(rho,T_0=3.77)
print("CO2 concentration: ",rho, "\nTemperature: ",T, \
"C\nincrease from Industrial revolution:",T-T_industrial_revolution)
累積$CO_2$蓄積量に対する気候の応答
IPCCの第6次評価報告書によれば下図の通り、産業革命以来の世界気温の上昇幅と同期間の累積$CO_2$排出量の間には「ほぼ線形」の関係があるとのことだ。これは「排出された$CO_2$は海洋や森林に吸収される分もあるのは分かっているが、結局は人類が累積で排出した分と気温の上昇が関係があることを人々に明確に伝えるために作られた図」になっているためだろう。
本シリーズの①あなたは「地球温暖化」を本当に理解しているか?において「IPCCは『地球温暖化は人類が排出して来たの総排出量に比例して増大する』というが実際は対数に比例する。つまり、IPCCが言うよりずっとスローな速度でしか温暖化は進行しない。実は世界の温暖化対策が不十分であると不満を持っている団体の意見によって不当に危機が煽られているのではないか。」とする科学者の主張を紹介した。確かに上図をよくよく見てみると右側に行くにしたがって線の傾きが鈍化しているようにも見える。冒頭の科学者の言う「対数だ」という主張も考慮に入れて、IPCCもやや直線から対数的な表示に調整しているのかも知れない。しかし、多分、実際には対数関数に比例するというのも正しくなくて地球温暖化の真実: ⑤地球温暖化の数理モデルによる検証で紹介した統合モデルの式(7)のような指数による漸近する形をしているべきのではないだろうか。
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