日光のエネルギー収支の概要
以下の図で年間の地球のエネルギー収支の推定値を示す。太陽からの放射(Incoming Solar Radiation)が$342 W m^{-2}$あり、これが様々経路を辿って最終的には宇宙に放出される。太陽光のうち、$107 W m^{-2}$は地表面に吸収されずに大気、雲、水面等で反射されて宇宙に放出(Reflected Solar Radiation)される。一方で、地球の表面に吸収されたエネルギーは、熱として大気に放出される部分、水蒸気となって大気に放出される部分、赤外線として大気に放出される部分などがある。更にこれらの下から上向きのフラックスを雲が吸収した場合には、雲から地表にエネルギー放射が戻り地表面が温められる等の効果もあるが、最終的には雲から宇宙に向けて$235 W m^{-2}$のエネルギーが放出されることで、入った分と出た分が同量につりあうようになっている。
このつり合いのバランスが崩れて入射エネルギー量の方が出力エネルギー量よりも大きい場合には地球にエネルギー蓄積して、温暖化を招くことになる。こうしたデータは様々シミュレーターの基礎であり極めて重要であるため、定点観測で毎年更新して体系的にデータを公表して欲しいものだ。
ところで、上の図の場合は釣り合っているため地球の温暖化は起きないことになる。実は、上の説明はあくまでも一年間という短い時間間隔で見た場合には、地球温暖化の効果は無視できるほど小さいため記載されていない。上の図をよく見ると右側に温暖化ガス(greenhouse gases)があり、地表面に戻る放射(Back Radiation)に関連しているように見える。この部分をより細かく見てみよう。
温室効果ガスのミクロなメカニズム
黒体放射:太陽と地表面で異なるスペクトル分布
まず太陽から降り注ぐエネルギーについて振り返る。太陽の表面温度はおよそ$6000{}^\circ K$で、そこから非常に強いエネルギーが光となって地球に降り注ぐ。この太陽光には紫外線、可視光線、赤外線が含まれていることは多くの人が知っている通りだ。例えば可視光線はおよそ$0.4\mu m$から$0.8\mu m$の範囲である($1\mu m = 0.001mm$)。下の図は横軸が光の波長で縦軸がその波長に含まれるエネルギー量の大きさ。オレンジ色の細い山が太陽が放射する光の波長(スペクトル)分布で緑色の裾の広い山は、太陽光を吸収した地表面(平均$14{}^\circ C = 287{}^\circ K$)が大気中に放射する赤外線のスペクトル分布だ。(図の作成方法はAppendixを参照)
左の縦軸が太陽からの黒体放射強度、右の縦軸が地表面の黒体放射強度に対応していることに注意して欲しい。太陽の放射強度の方が1000万倍のオーダーで大きい。
たまたま太陽から入射してきたスペクトルと地表から放出されるスペクトルは重なる部分が丁度ほとんどない位の隔たりになっているのだが、ここに理解すべき重要な点がある。 「研究の歴史」の章で見た通り、数理物理学者フーリエは1820年代の論文で「大気は太陽から降り注ぐエネルギーに対しては透明でそれによって温まることは無いが、地球から放射されるエネルギー(赤外線)についてはこれを捉えて大気を温めている」ことを発表した。当時はこの詳しいメカニズムは不明だったが現代の我々にはわかる。温暖化ガスなどの気体分子が太陽光にとって「透明」ということは、太陽光の波長に気体分子は一切干渉せず素通りするということを意味する。上図で言うと$3-4\mu m$以下のオレンジ色の山が立っている辺りだが、大気中の気体分子はこの領域の赤外線を吸収しない。もし大気の気体分子がこの赤外線を吸収すると、分子は大きなエネルギーを受け取るので激しく暴れまわり周りの気体分子に激しく衝突を繰り返し周囲の気体分子も激しく動き回る。気体分子の運動が活発になると大気の気温は上昇する。つまり、太陽光を大気が吸収して大気が温まることになる。しかし、フーリエが発見した通り太陽から降り注ぐ光については大気の気体分子は無反応でそれによって温まることは無い。
一方で、上の緑色の赤外線にとっては温暖化ガスは透明ではなく、光を吸収してしまう。上の緑色の赤外線スペクトルは前の節で見た通り、太陽から降り注ぐエネルギーを地面が一旦吸収して地面が温まり、温まった地面が今度はそのエネルギーを大気に排出する時に赤外線として放出する時のスペクトル分布だ。温室効果ガスはこのスペクトル領域の赤外線は吸収してしまう。そのため地表面が温まると大気の気温も上昇する。
ところで温室効果ガスは赤外線を吸収してもしばらくするとまた全部吐き出してしまい、この際正味半分は地表面に向けて放出し残りの半分は宇宙に向けて放出される。この地表面に放出されている分が前節の図の右下側の地表面に戻る放射(324 Back Radiation)と記述されている部分に相当する。この吸収と放出を繰り返すことで前節でみた通り最終的にはほとんどのエネルギーが宇宙に向けて放出されるのだが、もしほんの一部が地球に残ったら、その分だけ地球は温まることにつながるはずだ。もう少し詳しく説明すると、地表面から放出されるエネルギーとして赤外線を受け取った大気中の$CO_2$は一定の時間そのエネルギーを保持してから、その赤外線をまた放出する。すると近くにいた$CO_2$(か他の温室効果ガス)がその赤外線をキャッチする。こうして$CO_2$間でキャッチボールをして、一部がたまたま段々と大気の上層部に辿り着き、最後、ある$CO_2$が宇宙に向けて赤外線を射出した時にほかの気体分子がキャッチしてくれなかったら、そのエネルギー分だけ地球が冷えることになる。
このキャッチボールゲームにおいて$CO_2$濃度を増加させると大気の上層部に辿り着くまでのキャッチボールの回数がどんどん増加しその分だけ時間がかかる。つまり、熱が地球により多く滞留しいわゆる地球温暖化が起きるというわけだ。
温暖化ガスによる吸光
上に見た地表面から大気に放出されるスペクトル分布があることが分かっている。これがそのまま宇宙に放出されるならば、大気の上端の放射スペクトルを人工衛星から見れば、同じ分布が観測されることになる。この地表面から上向きの放射と、大気の上端で観測した分布を比べたのが下の図だ。
青線が地表から大気に放出される熱エネルギー、赤線が大気の上端から宇宙に放出される熱エネルギーを示す。また、青線と赤線の差が、大気による赤外線の吸収、すなわち温室効果の強度を表す。図中の$H_2O、CO_2、O_3$は、それらの分子による赤外線吸収が起こる波長領域を示す。上図で$CO_2$と書いてある辺りの赤い線が凹んでいるのが分かる。これは $CO_2$であれば$15\mu m$の周辺に吸光帯がある ということ意味する。この青線と赤線の差分のことを 放射強制力 といい、対流圏の上端での平均的な正味の放射量で単位は($W m^{-2}$)。符号は、気温上昇をもたらす宇宙からの放射や温室効果はプラス、気温低下をもたらす宇宙への放射はマイナスとなる。
さて、これらの温室効果ガスのうちどの気体がどれくらいの温室効果への影響力を持っているのだろうか。それを見たのが次の図だ。「水蒸気($H_2O$)」「二酸化炭素(CO_2)」「オゾン($O_3$)」「その他」について、晴天と曇天の場合の放射強制力($W m^{-2}$)と、この合計に対する個々の気体の寄与度を一覧化したものだ。曇天の結果は括弧内に記載している。すべてを足し合わせた値が、大気の温室効果となる。特に気体同士がオーバーラップして温室効果を発揮している領域があるためそれを分解して表示した"Combined with overlap effects"を見て頂きたい。
晴天の場合、水蒸気が最も重要な温室効果ガスで、全体の60%を占めている。2番目に重要な温室効果ガスは$CO_2$であり、その寄与は$32 W m^{-2}$である。ここから重要な知見が得られる。人々の活動の結果$CO_2$が増えたとしても、その結果だけでは若干しか温度が上がらないかも知れないが、実はその結果大気に含むことが出来る飽和水蒸気量が上がり、より多くの水蒸気が大気に蓄積され、結果的にに大きな温室効果を発揮することにつながるのだ。
この点は非常に重要な点である。大気中に含まれる$CO_2$の濃度など高々$0.04\%$程度しかないから、こんなものが多少増えても大した問題では無いと言う言説は必ずしも正しくなくて、結果的に水蒸気がサウナのように地球を暑くするのだという理解を広めなければならない。また水蒸気の影響については、将来の地球温暖化のシナリオを定量的に検証する際の大きな論点となる。IPCCの報告書などではこの点を十分に丁寧説明していない点は(各国の政治的な調整の結果の妥協の産物であったとしても)人類の子孫(我々の子供たち)に対して不誠実ではないかと私は考えている。
気体分子の吸光スペクトルの連続性について(参考)
上記まで理解出来ていれば問題ないので本節はご参考で結構だ。しかし少し物理学(量子力学)に詳しい人は次のような疑問を持つかもしれないのでその回答という意味と、大気にたった$0.04\%$しか含まれない分子が実際にどうやって光を吸収するのかのディテールを知っておくことは有意義だと考えられるので説明しておく。
質問は次のようになる。
$CO_2$であれば$15\mu m$の周辺に吸光帯があるというが吸光するのは$CO_2$分子を特徴づける固有の波長だけで、帯のように吸収する領域が連続的に広がっているという話は量子力学の入門書と説明が違うように思う。吸光モードに対応したスペクトルにスパイク(線スペクトル)が立つため、なだらかな曲線の吸光帯ではなく至る所ゼロで時々スパイクが立つような描像になるのではないか?
そして問いに対するシンプルな答えは次のようになる。確かに$CO_2$などの分子が吸収する光は特定の波長に対応しており、量子力学的な解釈ではその吸収スペクトルはスパイク(線スペクトル)として現れる。これは分子の吸収スペクトルが特定のエネルギー準位間の遷移に対応しているためだ。そのため、連続的な吸収帯ではなく、特定の波長でスパイクが立つような描像自体は正しい。しかし、実際の大気中の$CO_2$などの吸収スペクトルは、個々の分子が異なるエネルギー準位を持つため、複数の分子が重なり合って働くことで、連続的な吸収帯として見える。これは、分子間の相互作用や周囲の環境条件によって吸収スペクトルが広がるためだ。
もう少し基礎からおさらいすると、$CO_2$分子は、その構造から運動できる動き方(モード)に対応した波長の光のみを吸収する。どういう運動が可能かは例えばこちらのサイトを見ると良い。アニメーションで下図のような分子のモードの運動が表示されているので直感的に理解出来るだろう。真ん中の炭素原子の両手の先に酸素原子が結合しているのが二酸化炭素原子だが、この両手の動きかたに色々とバリエーションがあることが分かる。
$CO_2$分子は単体ではこうしたモードに対応していない光は吸収しないと初歩的な量子力学の教科書では習うだろう。しかし実は$CO_2$が基底の屈曲振動状態から第一励起屈曲振動状態へ移行する際の相互作用について、多くのことが知られている。
最初の振動状態でも最後の振動状態でも、分子は非常に多くの回転状態のいずれかになる可能性があり、その回転状態は振動状態間のエネルギー差よりも非常に小さいエネルギーで隔てられている。したがって、基底状態および第一励起振動状態に関連する様々な回転状態の間には、多くの遷移が存在する。これらの状態の多くのペア間の遷移は、それぞれのペアに適した波長の赤外線を吸収することによってもたらされるため、そのような放射線はさまざまなエネルギー範囲で吸収されるというわけだ。
つまり、くし形の不連続線から成る線スペクトルだけではなくが、特に多くの多原子分子や化合物の吸収スペクトルは一般に山のように幅広い形をした吸収帯 (absorption band)を持つ。その吸光度最大の所を吸収極大、その波長を極大波長という。
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