本稿の問題意識
近年世界中でSDGsや生物多様性の維持とともに地球温暖化への問題意識が高まっている。国や企業、自治体が各々の創意工夫によって施策を打っており望ましい傾向と捉えられている。しかし、そうした取り組みに参加している方々であっても地球温暖化という現象についてあまり詳しくないのが実態ではないだろうか。
「地球温暖化は本当なのか?」といった議論も、SNSの発達した現代社会で定常的発生している。こうした情報の中には真偽が良くわからない情報も多く、なんとなく説得力がありそうだけどよく読んでみると根拠があやふやで主張のソースが辿れないものが殆どだ。実際、地球温暖化を理論的に追い詰めていこうとすると、極めて多くの要因を考えなければならないため一般人がちょっとネットで検索すれば解決するようなものではない。例えば以下のような要因が関係ある。
- 数億年前から現代に至るまで、氷河期もあれば$CO_2$濃度が現代より遥かに高い時代もある。そうした時代と今は何が違うのか同じなのか、またそこからどうやって現代の環境にたどり着いたのか?
- $CO_2$を吸収した植物、岩石、大昔の堆積物、$CO_2$を排出した生命活動、火山活動などがどのように地球環境に影響して来たのか
- 氷期や間氷期のメカニズムと$CO_2$の関係
- 農業革命後の$CO_2$増加、産業革命後の人類の活動による温室効果ガスの増加、森林伐採による二酸化炭素の吸収源の減少、それらの地球規模での気温・気候への影響等
- 要は、$CO_2$の排出がどうして気温上昇につながるのか?
地球温暖化のメカニズムの理解は、個別の領域に長年研究をしてきた研究者の知恵が蓄積した結果として得られる総体的理解から得られるため、容易ではないのも当然だ。しかし、だからと言って多くの一般人が何も知らなくていいのか?マスコミやSNSから流れてくる情報をそのまま受け入れてしまってよいのか?そうした情報の中には政治的な意図や利権の意図を持って発信されたものも含まれているはずだが、それが正しいのかゆがめられているのか判断出来ないままでいいのか?いや、良い訳が無い。
人々が投票によって世界の将来を決定するようになっている現代社会において、民衆の平均的な知恵が浅はかだと集合としてしてとんでもなく誤った未来を選択してしまい取り返しがつかなくなるリスクがある。
しかし一般人には自分の人生の切実な課題があり、日々の生活に忙しい。地球温暖化という言葉は知っていても、自力で情報ソースにあたって文献や論文を確認して「この知識は正しい」「これは怪しい」などとやっている暇は無い。みっちり何十時間もかけて勉強しないと理解出来ないような知識を身に着けるのは不可能だ。だからと言って無知でいると知らないうちに「よく耳にする情報」を正しいと思い込んでしまう。「国連の報告書でこう言っていると言われている」という程度の情報を鵜呑みにせざるを得ない。「よく耳にする情報、よく目にする情報」は発信者がなんらかの強い意図があって相当なお金をかけて人々に届けている情報である。それらが地球温暖化問題の本来の趣旨に照らして正しい情報とは限らず下手したら正義に反する意図を持った情報を信じてしまう危険がある。こうなってしまうと人々の知識を後から修正するのは極めて高コストとなってしまうため、正しい知識を最初に身に着けておくことが極めて重要となる。
本稿では基本的なテーマばかりを扱うが、国際機関が発表しているから信じるというスタンスは取らない。その代わりに観測された事実に基づく基本的な問いに対して、学術論文等を参照して科学的根拠を出来る限り判り易く伝えることを目指す。 その結果として読者は国際機関が発表している内容であっても「ここの記述は政治的に妥協した産物として発表されている可能性があるな」ということも判断出来るようになるだろう。
これまで地球温暖化について、こうした領域横断的かつ専門的で更に一般人向けの文献はほとんど無かったように思う。こうした文献をまとめるためにはそれぞれの専門領域の科学論文や政府発表資料等を読み込む必要があり、一領域の専門家が書ける範囲をはるかに逸脱しているため、一人の専門家が他領域までまとめるのは学者の仕事ではない。一方で、例えば10人の専門家がチームとなって記載しようとすると各々の専門領域の解説記事をモザイク的に寄せ集めただけとなってしまい、全体を一つのストーリーで貫くことが難しくなる。その上、10領域の専門家がいても足りないかも知れない。更に問題を難しくしているのは、例えば気象学者と物理学者の間で意見が一致していない前提が混ざって話されていると、読者にはもう何が何だか分からなくなってしまう。一般人にとっては不思議に思うかも知れないが、実際のところ気象学者と物理学者では同じ観測事実についての理論面のコンセンサスが必ずしも取れているとは限らないものもある。
つまり、この仕事は全体のストーリーを一人の人間が考えて全体の整合性やバランスを考えながら、ディテールの科学的知識を整理し、世の中で言われている事柄が正しいのかを公平に検証するという作業でなければ実現出来ない。それも出来る限りシンプルな方法で!!
改めて、こうした仕事であるが故に地球温暖化という大きな問題をその科学的メカニズムから人類にとっての選択の意義までを記述する一貫した教科書的な文献はこれまであまり無かったのではないかと考えている。もちろんIPCC (Intergovernmental Panel on Climate Change:気候変動に関する政府間パネル)の文献はそうした国際的な努力の集大成である。しかし国際間の政治調整の色彩があるため、今一つ全幅の信頼を置いて信じて良いか分からない。
このようなわけで本稿では「地球温暖化について人々が自らの知性を信じて判断して未来を選択していけるための最低限の良識」をまとめた。
また読者の知的好奇心を満足出来るよう考えてまとめてみたので楽しんで頂ければ幸いである。
例えば、次のような問いに対してどう答えるか?
まず以下のような一般的な地球温暖化論の主張がある
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人間による活動の結果、$CO_2$濃度が上昇している
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$CO_2$は温室効果ガスであるため大気の$CO_2$濃度が上昇すると地球が温暖化する
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地球が温暖化すると、北極や南極の氷が溶けたり海水面が上昇したり、天候が不安定になり大豪雨や干ばつが起きて、人間の生活環境が急速に悪化し生物多様性も失われる
これに対して「上記の主張は実は正しくなかった」と言った主張(懐疑論)は、Youtubeなど人気のSNSでは定期的に見かけるテーマで、その具体的な主張を聞くと専門家で無い人々は何が正しいのか分からない可能性がある。
実際に、本稿を読んでいる読者も、上記の主張が正しいのか否かを理由を正しく答えられる人は少ないのではないだろうか。
「$CO_2$の濃度って空気中に何%含まれるか知ってますか?たったの$0.04\%$なんですよ。殆ど無いようなもんです。こんな薄い気体がちょっとやそっと増えたからって地球が温暖化するはず無いじゃないですか。$CO_2$が増えたって温暖化なんて起きませんよ。」
ここで$0.04\%$という$CO_2$濃度の薄さは大体正しい数字だ。知識があれば正しい反論は出来るが、上記を正しく反論するのは簡単ではない。
「みんな$CO_2$、$CO_2$って言うけど、なんで二酸化炭素だけがやり玉に上がっているの?大気の8割を占めている窒素や2割ある酸素や他の気体分子には温室効果はなくて、濃度が$0.04\%$しかない二酸化炭素だけ特別に温室効果があるってなんか変でしょ?二酸化炭素が地球温暖化の原因だなんて原発推進派の利権がらみの主張とか、政治的にゆがめられた情報なんじゃない?」
これを言われて「まぁ、確かに言われてみれば、そうかも知れない」と思った人がいても不思議ではない。温室効果ガスの原理と大気の実証結果について正しい知識が無いと反論は容易ではない。
「地球温暖化で北極の氷が溶けてシロクマが住めなくなっているから、シロクマが絶滅の危機だという話は嘘だ。本当はシロクマは増えている。皆、フェイクの情報に操られているだけだ。だからもちろん地球温暖化だってフェイクだ。」
「あの可愛いシロクマがいなくなっちゃう!助けなきゃ!と思っていたけど、え?増えているの?信じてたことは嘘だったの?それじゃあ温暖化も嘘、、?」とつい思ってしまう人がいても不思議ではない。確かにホッキョクグマ(シロクマ)は増えているというのが科学的調査結果としてはコンセンサスだ。しかし、だから地球温暖化が嘘かどうかは別の議論なのだが、正しい理解をするためには、相当しっかりと文献を調べる必要があるのだが、そうした文献の分かり易い説明はあまりみかけない。
「温暖化は起きてるけど、それは前の氷期が終わって地球が暖かくなってきた流れが続いているだけで、人間活動や$CO_2$が原因ではない。」
こういう主張も様々な基本的知識が無いと反論は極めて難しいだろう。次のような主張もある。
「温暖化して南極や北極の氷が溶けて海水面が上昇すれば、海から大気に蒸散する水分が増えて降水量、降雪量が増加するから、結局、南極や北極に雪が積もって元通りだ。それに今までより雨も降るなら植物もよく育つから、結局はその植物が$CO_2$を吸ってくれて元通りだから人々が気にする必要ない。」
話題豊富な行きつけのバーのマスターからそう説明されたらどうだろう。「そう言われたら、そんな気もしてきてしまう」という人が大勢いてもおかしくはない。こうしたある意味判り易い主張は割と簡単に人々に受け入れられしまうものであることも注意が必要だ。
「IPCC(地球温暖化問題の世界的権威団体)は『地球温暖化は人類が排出して来た$CO_2$の総排出量に比例して増大する』というが実際は対数に比例する。つまり、IPCCが言うよりずっとスローな速度でしか温暖化は進行しない。 実は世界の温暖化対策が不十分であると不満を持っている団体の意見によって不当に危機が煽られているのではないか。」
ここまで来ると普通の人には何がどこまで正しいのか全く判断しようが無いだろう。実は科学的な説明は正しい。しかし、この主張をどう理解すれば良いのだろうか。
「地球温暖化に関する警告がますます強まり、地球温暖化に起因する大火災や天候の悪化が相次いでいるにもかかわらず、新しい世論調査によると、この州の住民は、3年前に比べて気候危機を非常に深刻な問題と考える人が減っている。こうのような状況であるから、二酸化炭素を排出しないようより一層の意識改革が求められる。」
これは懐疑論ではなく、より一般的に受け入れられている主張に近いが、科学的に正しくないことを言って煽っている可能性がある典型的な構文でもあり注意が必要だ。本稿を読み進めることによって、上記のような問題に対して良識を持って対応することが出来るようになるはずだ。
懐疑論に対する学者の対応
専門家である学者は当然上記のような懐疑論等に誤りがあれば指摘できる知識があるだろうが、それを一般人に説明することを諦めている節がある。例えば以下のような典型的な意見が学者から聞こえてくる。
- $CO_2$の増加は地球温暖化の原因ではないと思っている人の意見を変えることは困難
- きちんと説明しようとすると専門的過ぎて一般人に説明出来ない
- 簡単に説明しようとすると端折らざるを得ないが、そうすると伝わりにくい。結果、科学の多数派はこう考えると言った説明をしたくなるが「多数派が合っているとは限らない」という反論に対応するのも辟易である
これはもっともなご意見であり学者の責務の範疇をやや逸脱するテーマでもあるだろう。しかしそれでも筆者は出来る限り簡単で正しい理解を伝えることが重要だと考えている。本稿では出来る限り簡単に、中学生程度の知性で地球温暖化のメカニズムや対策の問題点を理解出来るようにまとめた。
予備知識等
基本的には日本の中学生でも読み進められるような文章となるよう努めた。但し、数理モデル部分や観測された値の解釈等は高校生程度の数学や化学の知識を前提としている箇所もある。本稿を読んでみると、中学や高校で勉強した様々な内容が縦横無尽に繰り広げられていて、学校の勉強は実は大切で地球温暖化の理解のために欠かせないことが分かるだろう。
よく「数学や理科は大人になってから使わないし意味が無いから勉強しなくてもいい」という人がいるがとんでもない。自分たちの将来にとって重要な問題を理解するためには是非とも勉強しておいた方がいい。理解をすれば人々の行動は自ずと変わる。
また、本稿では数理モデルを用いて様々な試算を行っている。
この計算するためのスクリプトはPythonというプログラム言語で記述しており、そのスクリプトの詳細説明は連載の最後Appendixの回にまとめている。
構成
本稿の進め方は、以下の通り。一つのことを理解する場合は、まず全体像を把握してから個別の事柄を理解する必要がある。よってここでは歴史など大きなテーマから始めて、温室効果のメカニズムの詳細な理解、またオリジナルの簡単な数理モデルで温暖化のメカニズムを確認するプロセスを前半で行い国際機関が発表している現状認識が妥当かを検証する。
そして後半からはその将来への影響、被害想定について重要な論点をまとめる。更に、現在の世界の発電構成をや温暖化対策について現在我々は正しい道の上にいるのか、逸脱していないのか、何が明らかであり何が不明なのかについて議論する。最後にこれまでの議論を踏まえて提言を行う。
テーマ | 内容 |
---|---|
①あなたは「地球温暖化」を本当に理解しているか? | 本稿連載の問題意識と概要についての解説 |
②研究の歴史 | 地球温暖化の研究は相当昔から沢山の研究者によって科学的に地道に行われている。人類が積み上げてきた知性の結晶である科学が地球温暖化という現象への理解をどうやって獲得して来たのかを理解することで、正しい知識へのリスペクトが得られるであろう |
③地球大気の歴史 | 地球の超長期の歴史の中で$CO_2$濃度と気温がどう推移して来たのかを概観し、互いの関係性を簡単に説明できないことを確認する。特に氷河期において氷期が起きたり間氷期が起きたりするメカニズムを題材に地球がどれほど複雑な対象で分かってないことが多いかを説明する。その上で単純な過去の類推で現代の地球温暖化を語ることの難しさが説明される |
④日光のエネルギー収支 | 地球が温まるエネルギー源は太陽光である。この太陽から降り注ぐ光が結局どういうメカニズムを辿って地球が温まるのか?そして現代のエネルギーの均衡はどうなっているのか?現代のエネルギー収支から見て地球は温まっていると言えるのか?そうした問いに答えていく。更に、気体の分子が温室効果を発揮するとは、具体的に何が起きているのか?$CO_2$だけがそんなに悪いのか?詳細なメカニズムの理解は量子力学への理解が必要となる。しかし、その結果だけでも理解を深めておくことで人間の営みが与える影響をより正しく理解出来るようになる |
⑤地球温暖化の数理モデルによる検証 | 現代の標準モデルによる説明は極めて複雑な上に検証にコンピューターパワーが必要であり一般人には検証不能である。もっと簡便に中学から高校生程度の数学の知識だけで「$CO_2$濃度が1%増えたら地球の平均気温は何度上がるか?」に答えられるようにする。そして$CO_2$が増えると気温が上昇するメカニズムの概要を理解する |
⑥人口増加と地球温暖化への影響 | 人口増加による$CO_2$排出量の増大、大気や海洋への$CO_2$蓄積量を定量的に評価し、将来の人口構成が将来の気温上昇に与える影響をモデルにより推定する。2100年には世界はどうなっているのか?を誰でも試算出来るようになる |
⑦将来の被害想定 | シロクマ(ホッキョクグマ)は絶滅するリスクは本当にあるのか?絶滅リスクは短期的な予想と長期的な予想の矛盾とその解釈。ホッキョクグマに関する研究から分かる実際の予想の困難さの理解。更により広範なIPCCによる被害予想の概要紹介 |
⑧世界の温暖化対策に対する基本的な理解の仕方 | 各国の$CO_2$の排出状況や電源構成は国家の屋台骨であるため様々な言説が飛び交う。改めて事実を確認し、最新の研究成果等を踏まえて理解を整理すべき点を指摘する。原発は安価でクリーンなエネルギー資源か?原発は絶対許してはならないのか?バイオマス発電はクリーンか?EV(電気自動車)はエコロジカルか?カーボンニュートラルはどう考えるべきか、等 |
⑨1000年後の君へ | これまでの議論の総括を行い、将来のエネルギー源の選択肢についての論点を導き、それを数値的に検証する。$CO_2$濃度が極端に上昇した場合のシミュレーションを行い問題の深刻度を評価する。この結果を受けて最後に総括としての提言を行う |
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