地球温暖化の真実: ⑦将来の被害想定

Published: Feb. 5, 2024, 3:40 p.m. (UTC) / Updated: Oct. 29, 2024, 9:09 a.m. (UTC) 🔖 0 Bookmarks
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で、シロクマはどうなった?

ところで日本では「シロクマ」と呼ぶこともあるが正しくはホッキョクグマだ。冒頭で述べたようにホッキョクグマと地球温暖化の関連は人々に感情的な同情心を誘うのに一役買っており、ややもすれば地球温暖化に関するキャンペーンキャラクターとして扱われることも多く、事実を知らないまま何となく印象で話題にされることが多い。このため地球温暖化の影響やその解釈の議論は様々ある中が、まずはホッキョクグマに関する「懸念」を検証する事例を取り上げた。


ホッキョクグマは絶滅の危機であるという主張は本当なのだろうか?この点について、まずは主な主張を見て行こう。

ホッキョクグマは絶滅の危機ではないという主張

ホッキョクグマは減っているどころかむしろ増えているから心配は無いという主張がある。詳しくは例えば、「ホッキョクグマの現状 2021 スーザン J. クロックフォード」を参照して頂きたい。ここで例えば1960年から2021年までのホッキョクグマの個体数推定値の推移が掲載されている。ホッキョクグマに関する地道な保護活動が成功したこともあり個体数が増加している傾向が確認出来る。

上の図を見ると確かに1960年の時点より2020年頃の観測時点の方が個体数が大幅に増加していることが確認できる。この結果だけを見ると例えば地球温暖化に関連して人々の環境意識が高まった結果、ホッキョクグマの保護活動に資金が潤沢集まり保護活動が上手くった成果であるという風にも読めるがそれでいいのだろうか?


実際のところ、この個体数の増加要因がどのようにして成立しているのかについては、文献を詳細に読んでいただく必要がある。実は一般にホッキョクグマの頭数の確認する仕事は北極における長期のフィールドワーク無しには成しえない難しい仕事であるため、どういうい過程と仮定で推定値が得られたのかという理解が無いと得られた数値を正しく評価することは出来ない。ここでは残念ながらその詳細を紹介することは割愛するが興味あれば上の文献を読んでみて欲しい。いずれにせよ、結論は以下の通りだ。

実際にはここ数十年の温暖化による氷の融解があってもホッキョクグマの頭数は結果として伸びている。よって当面絶滅の心配は無い。また何故ホッキョクグマの頭数が増えているかと言うと、温暖化はホッキョクグマにとって有利だからだ。




但し、当面絶滅の心配が無いとは過去の前提が変わらない限りの話である。一方で地球温暖化は過去の前提が変わる場合の議論であるため、長期的将来の個体数についての予測が出来たとは言ってない点は注意が必要だ。

ホッキョクグマは絶滅の危機であるという主張

長期的にはホッキョクグマの生存が危ぶまれるという主張がある。例えばトロント大学のPéter K. Molnárらの「絶食期の長さが世界のホッキョクグマの存続のための時間的限界を与える」という論文がある。この論文はホッキョクグマは主食のアザラシを捕獲するために海氷を必要とし、地球温暖化と海氷の減少が続けば生息域全体が減少する、という前提から出発している。ホッキョクグマが絶食できる期間には限界があるため、温暖化により無氷期の日数がだんだん増えて行くとアザラシを捕食できない期間が延びていき、結果的にホッキョクグマ生存限界を超えてしまう。この結果、温暖化ガスの排出量が多いシナリオにおいては、2100年までにホッキョクグマの繁殖と生存が急減し種の存続が危ぶまれることが示されたとしている。


「ホッキョクグマがアザラシを捕獲するため海氷が必要」というくだりは少し解説しよう。体が白いホッキョクグマが氷を保護色としてアザラシに接近して捕食するという場面はナショナルジオグラフィックやテレビで観たことがある人は多いだろう。しかし氷が無い陸地だと海岸線の岩場や砂浜にアザラシの群れが居たとしても、ホッキョクグマは目立ちすぎてアザラシに接近することが出来ない。温暖化の結果、いくら体調の良いアザラシが大量に繁殖しても、捕まえる方法が遮断されたらゲームオーバーとなる。そういう事情を考慮に入れて考えてみて欲しい。


下図の左が温暖化ガスの排出量が中位安定的なシナリオ(RCP4.5)で、右側が排出量が多いシナリオ(RCP8.5)だ。縦に並んでいるのがホッキョクグマが主に生息している地域名だ。ホッキョクグマが観測される地域別で経年によりどの程度存続リスクが増大するかを可視化したチャートで色が濃いほどだんだんリスクが高まる。大人のメスの生存リスク(adult female survival)、大人のオスの生存リスク(adult male survival)、小グマの繫殖が出来ないリスク(cub recruitment)の別にリスクが可視化されている。

この結果を見ると2060年くらいまでは温暖化ガス排出量が多いシナリオでも大きなリスクの顕在化は見られないように見える。しかし、温暖化は経年の蓄積で効いてくるので、2060年頃になってやっと「やはりホッキョクグマが危機に瀕しているようだ」と言ってもすでに時遅しである。ちなみに上記論文によれば餌が少なくて通常より20%体重の少ない状態で海氷が溶けて夏場を迎えるなどした場合、生まれたての子熊を連れた母熊の絶食の生存限界の下限は67日間(上限は134日)である。これを超えたら母熊は死ぬことになる。母熊が死ねば当然小熊も助からない可能性が高い。


これを海氷の有無の話で言い換えると、海氷が溶けて足場が保てなくなってきてアザラシを捕獲出来ない状態になり、更にそこから冬場を迎えてアザラシを捕獲出来るほど足場の氷が盤石になるまでの期間が約3か月以内でなければならない。長期的にホッキョクグマの主食がアザラシであることは変わりない。一方で陸で他の餌を得ることで生き延びる可能性はあるが、実際のところどの程度環境変化に適応出来るかはその時になってみないと分からない。


しかし、残念な実績がある。ホッキョクグマは更新世末期(約12万年前~1万年前)にはバルト海の南まで生息域を広げていたが、その後の完新世の温暖化で氷の無い時期が増えても、陸上に移動し適応したりせず単にその地域から姿を消しただけだった。


こうしたことが起きる原因として、餌が少ない状態で断食に入ると陸への大規模な移動のエネルギー消費をセーブするために移動しないで耐える選択をする群れがいる可能性があり、この結果海氷を諦めていれば生き延びる可能性があったものが耐え切れずに絶滅に至るシナリオが想定されている。特に生後間もない子熊を連れての群れの大移動は極めて困難だろう。


このようにホッキョクグマの将来の生存可能性に関する研究はまだ十分明確な答えは出ていないが「絶滅する場合の具体的なシナリオまでは絞り込まれてきている」という状況ではないだろうか。少なくとも「絶滅のリスクが無い」という主張が正当化されるほどの楽観的な根拠は無い

IPCCの想定

北極の海氷融解

IPCCの予想を見ると、モデレートなシナリオであっても2070年頃には、北極海の氷は9月には全て溶けてしまう可能性がある。つまり、ホッキョクグマの場合であれば主食のアザラシを確保することが極めて難しくなる。この状況で赤ちゃんを抱えた母クマの絶食期間を3か月以内に抑えられる可能性はほとんどないだろう。野生のホッキョクグマの寿命が15~18年程度であることを考えると次世代が育たなかった場合の絶滅リスクへの影響は絶大である。

また、第6次IPCCのB.5の宣言では以下のように説明されている。

  • 過去及び将来の温室効果ガスの排出に起因する多くの変化、特に海洋、氷床、及び世界の海面水位における変化は、数百年から数千年にわたって不可逆的である
  • 長期的には、海洋深層の温暖化と氷床の融解が続くため、海面水位は数百年から数千年にわたって上昇することは避けられず、数千年にわたって上昇したままとなる(確信度が高い)。今後 2 千年にわたって、世界平均海面水位は、温暖化が 1.5℃に抑えられた場合は約 2~3 m、2℃に抑えられた場合は 2~6m、5℃の温暖化では 19~22 m 上昇し、その後も数千年にわたって上昇し続ける(確信度が低い)。この数千年にわたる世界平均海面水位上昇の予測は、過去の温暖な気候の期間から復元される水位と整合する。世界の気温が 1850~1900 年よりも 0.5~1.5℃高かった可能性が非常に高い 12 万 5000 年前頃には、海面水位が現在よりも 5~10 m 高かった可能性が高く、世界の気温が 2.5~4℃高かった約 300 万年前には、海面水位が 5~25 m 高かった可能性が非常に高い(確信度が中程度)

人々にとっての気候の不安定化の影響

地域の気候の不安定化については、第6次IPCCの、では例えば以下のように説明されている。いくつか判り易い文章を抜粋した。

  • B.2: 気候システムの多くの変化は、地球温暖化の進行に直接関係して拡大する。これには、極端な高温、海洋熱波、大雨、及びいくつかの地域における農業及び生態学的干ばつの頻度と強度の増加、強い熱帯低気圧の割合の増加、並びに北極域の海氷、積雪及び永久凍土の縮小が含まれる
  • B.2.4: 地球温暖化の進行に伴い、大雨はほとんどの地域でより強くより頻繁になる可能性が非常に高い。地球規模では、日降水量でみた極端な降水は、地球温暖化が 1℃進行するごとに約 7%強まると予測される(確信度が高い)。非常に強い熱帯低気圧(カテゴリー4~5訳注 6)の割合と最も強い熱帯低気圧のピーク時の風速は、地球温暖化の進行に伴い地球規模で増加すると予測される(確信度が高い)。
  • B.3: 地球温暖化が続くと、世界の水循環が、その変動性、地球規模のモンスーンに伴う降水量、及び湿潤と乾燥に関する現象の厳しさを含め、更に強まると予測される
  • C.2.6: 都市は人為的な温暖化を局所的に強め、より頻度の高い極端な高温を伴って更なる都市化が進むと、熱波の深刻度が更に増大する(確信度が非常に高い)。また、都市化により都市域及び/又はその風下側で平均降水量及び大雨に伴う降水量が増加し(確信度が中程度)、その結果生じる流出強度が増加する(確信度が高い)。沿岸域の都市では、(海面水位上昇と高潮による)極端な海面水位及び極端な降雨や河川流量がより頻繁に起こることで、洪水が発生する確率が高まる(確信度が高い)

以下の図は、年平均降水量の変化を気温上昇シナリオ別に表示しているが、$4{}^\circ C$上昇するシナリオの場合、より湿潤になる地域とより乾燥する地域が非常にくっきり分かれていくことが示されている。雨が降れば大洪水、雨が降らなければ大旱魃と極端な気候が起きやすくなる。

この結果だけを与えられても中々理解した気にはなるまい。よってこのメカニズムの初歩的な理解を次に説明する。

気温変化に対する大気の正のフィードバック

正のフィードバックとは、現在の状態から変化するとその変化した方向にどんどん事態が進行していく状態を指す。例えば地球の気温は変化するとその変化した方向に更に強くドライブがかかる傾向(正のフィードバック)があるのだが、そのメカニズムを定性的に理解しておくことは重要である。そのフィードバックとは具体的には以下ようなループである。


大気の温度が上昇する ⇒ 海氷が溶ける⇒太陽光を反射して宇宙に返して来たメカニズム(albedo)が減少する ⇒ 陸地や海洋が太陽光エネルギーを吸収して熱を保存する量が増す ⇒ 大気の温度が上昇する


このサイクルがある結果、現在氷の多い地域ほど気温上昇による影響が拡大しやすくなる。赤道無風帯も同様だ。赤道無風帯とは、北半球の北東貿易風と南半球の南東貿易風にはさまれた赤道付近の風の弱い地帯のことで、この地帯は強い日射のため上昇気流が起こり低圧帯となっているため赤道低圧帯とも呼ばれ、雷雨、スコールなどが発生しやすい。


1. 気温上昇 ⇒ 大気の飽和水蒸気量の増大(大気が沢山水分を含むことが出来るようになる)

2. 気温上昇 ⇒ 地表面、海水面の温度と大気上層との気温差の拡大 ⇒ 上昇気流の強化

3. (1,2の結果) ⇒ 水蒸気を沢山含んだ大気が上昇気流で大気上層で冷やされて、大量の雨が発生する


上記のサイクルが強化されると、もともと雨の多い地域は更に雨が降る。亜熱帯高圧帯などの乾燥地域はこの続きで理解できる。亜熱帯高圧帯は、赤道上で生じた上昇気流により大気上層に上昇した空気がコリオリの力の影響で緯度30度付近で溜まり下降気流となって形成される。下降気流は高温で乾燥するため、亜熱帯高圧帯に位置する陸地では砂漠が形成される(現在のサハラ砂漠など)。ここで乾燥した下降気流がより多く吹くようになれば乾燥が更に進むということになる。


ここまで理解が進めば上記のIPCCの気温上昇による湿潤地域と乾燥地域の色分けの図がおよそ解釈出来るようになるだろう。つまり、IPCCのシミュレーション結果は大まかなシナリオはこうした常識的なシナリオがモデリングされていると考えることが出来る。

被害想定に関する今後の課題

IPCCの結果は非常に重要なのだが、将来予想は非常に難しいため上記の宣言文のような非常に分かりにくい表現がなされている。更に、より具体的にどの地域ではどの位の問題が発生するのかという詳細情報まではIPCCでは記述されていない。つまり、自分の住んでいる土地は将来人が住めなくなるくらい大変なことになるのか、そこそこ大変なのか、実は全然大した影響がないのかを評価するための情報が不足している。


またホッキョクグマについては、ホッキョク圏は特に地球温暖化の影響が激しく出る地域であるため絶滅の可能性が高まるのだが、それ以外の地域はどの動物がどれくらいリスクに瀕しているのか?という情報も不足している。


一般の人々の危機意識を高めるには是非こうした情報を研究者に調査して欲しい。
例えば「自分が人生を賭して購入した住居の周辺は50年後には人が住めなくなっていて廃墟と化している」とか「先祖代々この土地に暮らしてきたが、この土地にはもう100年以内に住めなくなる」といった切実な情報の方が人々の行動を変える原動力になりやすい。


少なくとも現在の世の中の地球温暖化懐疑論の中には「地球温暖化は起きているし今後旱魃や大雨は増えるだろうけど、我々の生活上困ることは無い。さも大変な出来事のように吹聴しているのは誰かが金儲けをしたいからではないか。」といった考え方も含まれているため、こうした言説と正しく向き合うための情報の充実が求められる。

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