はじめに
本稿では、まずこれまでのデータサイエンティストの役割や要求される能力が技術の進展とともにどうのように変遷して来たかの歴史を振り返り、今後およそ10年間のデータサイエンティストの役割の変化を展望する。技術と社会の変化を背景に、データサイエンティストの役割が単純な人的作業の自動化から、高度な意思決定支援を経て、社会全体のAIシステム管理へと発展する過程をステップバイステップで考察する。また、この変化が社会に与える影響と、データサイエンティストに必要となる新しいスキルについても検討する。
0. ステップ0: データサイエンティストの誕生
データ分析自体は長い歴史があるテーマである。本稿ではデータサイエンティストという職種が誕生してからディープラーニングが台頭し始める前までの時代をステップ0とする。この時代はどういう時代背景の中でデータサイエンティストという職種が生まれ、どういう問題を解決することが期待されていたのか、また当時はどのようなスキルセットが要求されていたのかについてまとめたい。
1. 時代背景
- ビッグデータ時代の到来により、大量のデータが生成・蓄積されるようになった。ビッグデータの時代は、テクノロジーの進化、データ生成量の爆発的増加、そしてデータの価値に対する認識の高まりが同時に起こった結果として到来した。2008年から2012年頃にかけてその概念が広く認知され、技術やインフラストラクチャの整備が進んだ。この期間にビッグデータは単なるバズワードから、ビジネスや科学研究に不可欠な要素へと進化した。同時にクラウドコンピューティングが時代の要請として発生しAmazon EC2、Amazon Redshift、Google App Engine、Google BigQueryなどの関連サービスも立ち上がった。
- コンピューティングパワーの向上により、より複雑で大規模な分析が可能になった。特に、NVIDIA CUDAアーキテクチャの発展(2006年〜)によりGPUの活用が進み、分散コンピューティングによる並列処理も可能となった。この結果、テラバイト、ペタバイト規模のデータ分析を可能としディープラーニングモデルの学習と推論や、大規模コーパスを用いた言語モデルの学習など大規模な分析が可能となった。
- 機械学習アルゴリズムの進化により、予測モデリングの重要性が増大した。
- 決定木からランダムフォレストへ: 2001年: Leo Breimanがランダムフォレストを提案。単一の決定木よりも高精度で過学習に強いアンサンブル手法として普及した。
- サポートベクターマシン(SVM)の発展:1990年代後半から2000年代: カーネル法の発展により非線形分類が可能になった。高次元データに対する有効性が認識され、様々な分野で採用された。
- 勾配ブースティング法の登場: 2001年: Jerome H. Friedmanが勾配ブースティングマシンを提案。(ちなみに2016年にはXGBoostの登場により、さらに高性能かつ高速な予測が可能になった。)
- ニューラルネットワークの復権:2006年: HintonらによるDeep Belief Networks, DBNが提案された。DBNの提案は、ニューラルネットワーク研究の復興と現代のディープラーニングの発展の基礎となった。この技術は、特徴学習の自動化と深層ネットワークの効果的な学習方法を提供し、データサイエンスの実践に革命的な変化をもたらした。DBNの成功は、その後のConvolutional Neural Networks (CNN)やRecurrent Neural Networks (RNN)などの発展につながり、現代のAIブームの礎を築いた。またDBNが2012年のHintonらによるAlexNetの登場(ステップ1の始まり)につながる。
2. データサイエンティストという職種の登場:
2008年、D.J. PatilとJeff Hammerbacherが「データサイエンティスト」という用語を初めて使用したとのことだ。彼らはそれぞれLinkedInとFacebookで、大規模データを分析する新しい役割を担当していた。ちなみに「データサイエンティスト」という名前は人材採用の局面でアピーリングだったことが、その呼称が選ばれた理由の一つのようだ。
3. データサイエンティストの役割:
データサイエンティストという呼称が出来た当初も分析技術や統計学は十分発達しており、それらの概念や技術を正しく使いこなすためには相当の努力が必要であったため、一つの職種として確立するのは時代の必然であったと言えよう。当時は現代のように、充実したオープンソース・ライブラリも限られていたため、実装面のハードルが高かった。こうした中でデータサイエンティストは、統計学やコンピュータサイエンスと産業やアプリケーション領域(画像、自然言語処理など)毎のドメイン知識を組み合わせた分析を行っていた。当時の時代背景としてビッグデータと言いつつも有益な分析対象データを十分に蓄積している会社もまだ少なかったことと、今で言う「データサイエンティスト」と「機械学習エンジニア」はまだ未分化な時代であった。そうした前提で、当時のデータサイエンティストの役割を挙げると次のようになる。
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ビジネス課題をデータドリブンの解決策に変換する役割
例えば、以下のように業界ごとに様々な課題が存在し、データサイエンティストが活躍していた。
- 小売業における顧客離反(チャーン)防止の例:顧客の購買履歴、ウェブサイトの行動データ、顧客サービスとの接触履歴などを分析し、離反可能性の高い顧客に対してキャンペーンを実施する。特に携帯電話のキャリアの乗り換え防止分析は良く知られたテーマだった。
- 製造業における不良品率削減の例:センサーデータ、生産ラインの設定、環境データなどを収集分析し品質変動の要因を特定する。予測モデルを開発し、最適な生産ライン設定をリアルタイムで提案出来るようにする。
- 金融サービスにおける詐欺検出の例:クレジットカード詐欺による損失を防止するため、取引データ、顧客プロファイル、位置情報などを分析。詐欺検出モデルを開発し、リアルタイムスコアリングシステムにより疑わしい取引を即時にフラグ付けする。
- マーケティングにおけるキャンペーンROI向上の例:過去のキャンペーンデータ、顧客セグメント、反応率などを分析し、予測モデルを構築。各顧客セグメントに最適なキャンペーンタイプと反応率を予測できるようにする。
- 物流業界における配送ルート最適化の例:GPS データ、交通情報、天候データ、注文履歴などを統合し、最適化アルゴリズムを用いて日次の効率的な配送計画を算定出来るようにする。
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コンピュータサイエンス・スキル:
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主なモデリング・分析技術の例
- 古典的な分析:重回帰分析や主成分分析
- 機械学習アルゴリズム:決定木、ランダムフォレスト、サポートベクターマシン、シミュレーテッドアニーリング等
- 統計検定: 最尤推定法、AIC (赤池情報量基準) 、BIC(ベイズ情報量基準)、EMアルゴリズム、ベイズ推定など
- 言語:SQL、R、Python
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特徴量エンジニアリング:
- データサイエンティストは、ドメイン知識を活用して手動で特徴量を設計
- 例1:画像認識タスクでは、エッジ検出、テクスチャ分析、色ヒストグラムなどの特徴を手動で抽出
- 例2:自然言語処理では、TF-IDF、n-gram、品詞タグなどの特徴を手動で設計
- データサイエンティストは、ドメイン知識を活用して手動で特徴量を設計
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期待されるアプローチ:
- 統計的機械学習による問題解決アプローチ
- 企業内のビッグデータを数理科学の問題に翻訳するアプローチ
- 企業や業界のドメイン知識と数理科学の融合
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エンジニアリング・スキル:
- 分散処理技術やGPUプログラミングの習得必要性: Hadoop(大規模データセットの分散処理を可能にするオープンソースのフレームワーク)、MapReduce(Google が提唱した分散処理のプログラミングモデル)等により大規模データセットを小さな部分に分割して並列処理能力
- クラウドコンピューティング環境の理解と活用能力
- 大規模データ処理を考慮したアルゴリズム設計
- システムアーキテクチャの最適化スキル
- コスト効率の高い計算リソース利用の重要性
- オンプレミスとクラウドのハイブリッド環境の管理
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倫理的スキル:
- 大規模データ処理に伴うプライバシー問題への対応
- モデルの公平性と透明性の確保
1. ステップ1 ディープラーニングの台頭(2010年代前半)
現在の AI/機械学習の発展段階(ステップ2)に至る前に、データサイエンスの分野には重要な転換点があった。2010年代前半、特に2012年頃からのディープラーニングの急速な発展は、データサイエンスとAI分野に革命的な変化をもたらした。この時期以降を本稿では「ステップ1」と位置付ける。
1.1 ステップ1の時代背景:ディープラーニングの台頭とともにもたらされた主な変化
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画像認識の飛躍的進歩:
- 2012年のImageNetコンペティションでのAlexNetの勝利: AlexNet以前の従来の機械学習手法は、手作業で設計された特徴量に依存していたため、複雑な視覚タスクに苦戦していました。複数の畳み込み層を特徴とするAlexNetのアーキテクチャは、深層ニューラルネットワークがデータの複雑な階層的表現を自動的に学習する能力を示しました。このブレークスルーにより、より深いアーキテクチャが生データから意味のある特徴を抽出できることが示され、より正確で効率的な画像認識が可能になりました。
- スケーラビリティと汎化性能:AlexNetの成功により、深層ニューラルネットワークのスケーラビリティと汎化能力が強く知られるようになりました。モデルの複雑さとパラメータ量が大幅に増加したにもかかわらず、AlexNetは顕著な汎化能力を示し、多様なカテゴリーと様々な視点からの画像中のオブジェクトを効果的に認識しました。
- AlexNetのブレークスルーとはどういう内容だったのか:
- ReLuの効果的使用:ReLU自体は理論的には既知のものだったが、大規模CNNでの成功的使用はこれが初めてだった。これにより勾配消失問題が事実上クリアされてニューラルネットワークを多層に積み上げても学習させることが出来る礎が出来た。また、ReLUの単純さから学習の高速化への寄与も大きかった。
- Dropout正則化:Hintonらによる新しい手法であった。これにより過学習の大幅な軽減、モデルの汎化性能向上がもたらされた。特に、ReLUによる「ゼロ出力の多いネットワーク」(スパース性)とドロップアウト正則化は相性が良く相乗効果が期待出来た。
- GPUの活用:HintonらはGPUを用いた並列処理をすることで学習時間を大幅に短縮することに成功した。
- 膨大なデータから特徴量を自動抽出・学習:上記の結果として、ImageNetの120万枚以上の画像を使用しデータオーグメンテーションも行った膨大なデータに対して、手動の特徴エンジニアリングはせず、データから直接特徴を学習させる手法が実現したことは、当時としては大きなブレークスルーだった。
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自然言語処理の進化:
- Word2Vecなどの単語をベクトル空間に埋め込む技術の登場:Word2Vec などの単語埋め込み技術の登場は、2010年代初頭(特に 2013年)に始まり、その後急速に発展した。これらの技術は、自然言語処理の分野に革命をもたらし、データサイエンティストの役割と必要なスキルセットを大きく変化させた。現在も発展を続けている分野であり、新たな埋め込み技術の登場により、自然言語処理タスクの性能は継続的に向上している。
- RNN(Recurrent Neural Network)やLSTM(Long Short-Term Memory)による系列データ処理の改善:時系列データの長期依存性を捉え、文脈を考慮した処理を可能にしたことで、機械翻訳、感情分析、文章生成など、多くのタスクで革新的な改善をもたらした。
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汎用性の高いアーキテクチャの登場:
- 畳み込みニューラルネットワーク(CNN)の画像以外のタスクへの応用:自然言語処理、音声処理、時系列データ処理、ゲノム解析など多様な分野へ応用された。
- Encoder-Decoderモデルによる多様なタスクの統一的処理:
- 機械翻訳: 入力を「ソース言語の文」、出力を「ターゲット言語の文」とする
- 文章要約: 入力を「元の長い文章」、出力を「要約された短い文章」とする
- 音声認識: 入力を「音声信号」、出力を「テキスト文字列」とする
- 画像キャプション生成: 入力を「画像(CNNでエンコード)」、出力を「画像を説明する文章」とする
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計算資源とデータの重要性の認識:
GPUによる並列計算の一般化と大規模データセットの重要性の認識は、深層学習とデータサイエンス全体にとって革命的だった。これによりステップ1において深層学習の爆発的な発展を可能にし、AIとデータサイエンスの応用範囲が劇的に拡大した。これらの変化は、それまで不可能だと思われていたタスクを現実のものとし、産業界や科学研究に革命的な影響を与えた。この結果、データサイエンティストは、これらの新しい技術と課題に適応するために、継続的なスキルアップとより広範な知識の獲得を求められるようになった。-
GPUによる並列計算の一般化
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計算速度の劇的な向上:
- CPUと比較して、深層学習の訓練が100倍以上高速に
- 例: AlexNetの訓練が数週間から数日に短縮
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より複雑なモデルの実現:
- ニューラルネットワークの層数を大幅に増やすことが可能に
- 例: ResNetのような152層もの深いネットワークの訓練が現実的に
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リアルタイム処理の実現:
- 動画解析や自然言語処理のリアルタイム応用が可能に
- 例: リアルタイムの物体検出や機械翻訳
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実験サイクルの短縮:
- モデルの改良と評価のサイクルが大幅に短縮
- 研究開発のスピードが飛躍的に向上
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コストの低減:
- 高価なスーパーコンピュータなしで高度な計算が可能に
- 個人や小規模チームでも先端的な研究が可能に
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大規模データセットの重要性の増大
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モデル性能の飛躍的向上:
- より多様で大量のデータによる学習で、モデルの汎化能力が向上
- 例: ImageNetデータセットによる画像認識の精度向上
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新たなアプリケーションの登場:
- 大規模データを活用した新しいAIアプリケーションの出現
- 例: 大規模言語モデル(GPT等)による高度な文章生成
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転移学習の発展:
- 大規模データで事前学習したモデルを様々なタスクに転用
- 少量データのタスクでも高性能を実現
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データ品質の重要性認識:
- 「ガベージイン、ガベージアウト」の原則の再認識
- データクリーニングと品質管理の重要性が高まる
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プライバシーとセキュリティの課題:
- 大規模個人データの取り扱いに関する倫理的問題の顕在化
- データ匿名化や差分プライバシーなどの技術開発の促進
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オープンソースフレームワークの普及:
- TensorFlow, PyTorch, Kerasなどの登場
- 実装の障壁低下と研究の加速
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ディープラーニングの画期的な成果
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画像認識の人間超え:
- 2015年、ResNetが人間の平均的な画像認識精度を上回る
- 医療画像診断など、専門家レベルのタスクでAIが活躍
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自然言語処理の品質が大幅に向上:
- 機械翻訳:当時のGoogle翻訳は、今から見れば非常に品質の低いものであるが当時は大幅な品質向上であった
- 質問応答:IBMのWatson。Watsonも当時はIBMのマーケティング戦略もあり有名になったが、期待を先行させた分現実とのギャップに苦しんだこともあった。現在はIBMはWatsonを全面に出すマーケティングはしていないが、実質的な中身はIBMの製品、サービスに反映されている
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自動運転技術の急速な発展:
- リアルタイムの環境認識と判断が可能に
- コンピュータビジョンの進化により自動運転車の実用化が視野に
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創造的タスクへのAI応用:
- AIによる音楽生成や芸術作品創作が可能に
- DeepDreamやStyleTransferなどの技術登場
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科学研究の加速:
- 2020年タンパク質折りたたみ問題の解決(Google DeepMind社のAlphaFold2):タンパク質は生命の基本的な構成要素であり、その機能は3次元構造によって決定される。タンパク質はアミノ酸の鎖(1次構造)として合成されるが、どのようにして特定の3次元構造(折りたたまれた形)に到達するのかが問題だ。この問題は生物学と生化学において長年研究されてきた困難な問題だった。
- 創薬プロセスの大幅な短縮
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ディープラーニングの実業界への影響
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AIスタートアップの急増:
- ディープラーニングを活用した新サービスの登場
- ベンチャーキャピタルの AI 分野への投資増加
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大手テック企業の AI 戦略の変化:
- Google, Facebook, Amazonなどによる AI 研究所の設立
- AI 人材の獲得競争の激化
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伝統的産業への AI 導入の加速:
- 製造業、金融、医療などでの AI 活用事例の増加
- 予測保守、異常検知、個別化医療などの応用
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倫理的・社会的課題の顕在化:
- AI の判断の公平性や透明性への懸念
- プライバシーとデータ利用に関する議論の活発化
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1.2 データサイエンティストの役割の変化
ディープラーニングの台頭のような技術変化は、データサイエンスの分野における問題解決アプローチを変化させた。この変化は主に、特徴量エンジニアリングからモデルアーキテクチャ設計へのシフト、そしてエンド・トゥ・エンドの学習アプローチの採用という二つの主要な側面で表れている。
特徴量エンジニアリングからモデルアーキテクチャ設計へのシフトは、ディープラーニングの台頭によってもたらされた。従来、データサイエンティストは手動で特徴量を設計・抽出していたが、ディープラーニングモデルは生のデータから自動的に特徴を学習することが出来る。この結果、データサイエンティストの焦点は、効果的なニューラルネットワークアーキテクチャの設計に移行した。例えば、CNNの層構成やTransformerモデルの自己注意機構の設計、GANのジェネレータとディスクリミネータの構造設計などが挙げられる。このシフトにより、より汎用的なモデルの開発が可能になり、同じアーキテクチャを異なるタスクに適用できるようになった。また、データの前処理に費やす時間が減少し、モデル設計と実験に集中できるようになった。ただし、ドメイン知識の重要性は依然として高く、その活用方法が特徴設計からモデル設計へと変化した。
一方、エンド・トゥ・エンドの学習アプローチの採用も大きな変化をもたらした。従来のパイプラインアプローチでは、複数の独立したステップ(前処理、特徴抽出、分類など)を連結し、各ステップを個別に最適化していた。これに対し、エンド・トゥ・エンドアプローチでは、入力から出力まで一貫した単一のモデルで学習し、全てのステップを同時に最適化する。この変化は、音声認識や自動運転などの分野で顕著に見られた。例えば、音声認識では従来の多段階プロセスが、単一のディープニューラルネットワークによる直接的な音声からテキストへの変換に置き換わった。自動運転でも、個別の物体検出や経路計画のステップが、センサー入力から直接制御命令を生成するニューラルネットワークに統合された。
このエンド・トゥ・エンドアプローチの採用は、モデルの簡素化とパフォーマンスの向上をもたらした。中間ステップの削減により全体的なシステムが簡潔になり、全体を同時に最適化することでより高い性能を実現した。一方で、大量の高品質なエンド・トゥ・エンドのデータが必要になり、データの重要性が増大した。また、中間プロセスがブラックボックス化することで、モデルの動作理解が困難になるという解釈可能性の課題も生じた。
これらの変化に伴い、データサイエンティストの役割も進化した。システム全体を俯瞰的に理解し設計する能力と同時に機械学習理論や実装の詳細を十分に理解している必要があり、かつ、大規模かつ多様なデータセットの収集と管理がより重要になってきた。また、モデルの解釈可能性と説明能力の向上に注力する必要性が高まっており、エンド・トゥ・エンドのゴール設定のためにドメイン専門家とのコミュニケーション能力もこれまで以上に求められるようになってきた。そしてこれまで以上に多様な能力が求められるようになった結果、データサイエンティストと機械学習エンジニアなど、機能分化が必要となってきた。
1.3 データサイエンティストと機械学習エンジニアの分化
データサイエンティストと機械学習エンジニアは別々の職種と書いたが実際のところはオーバーラップもあり企業ごとにその程度も異なってくる。本稿では一つの視点として、両者のように弁別している。
- データサイエンティスト:
- 主な焦点:データ分析、ビジネス問題の解決、洞察の抽出
- スキル:統計学、データ可視化、ビジネス理解、機械学習理論や実装の専門性
- ツール:Python, SQL, R, 統計ソフトウェア, ビジネスインテリジェンスツール
- 機械学習エンジニア:
- 主な焦点:高度な機械学習モデルの開発、実装、システム観点での最適化
- スキル:深層学習、アルゴリズム設計、大規模システム実装、モデル最適化
- ツール:TensorFlow, PyTorch, クラウドプラットフォーム, GPU計算
1.3.1. データサイエンティストに求められるスキルセット
- 理論的基盤
- 深層学習の概念の深い理解
- 各種ネットワークアーキテクチャ(CNN、RNN、Transformer等)の原理把握
- 領域固有知識(コンピュータビジョン、自然言語処理など)の必要性
- 線形代数、確率論、最適化理論などの数学的基礎の重要性増大
- 最適化アルゴリズムと学習理論の習得
- 実装能力
- 関連プログラミング言語(Python、C++等)の習熟
- 主要深層学習フレームワーク(TensorFlow、PyTorch等)の熟練使用
- 効率的なモデル実装とデバッグの技術
- 可読性の高いコードを書く技術
- アーキテクチャ設計
- タスク特性に応じたネットワーク構造の適切な選択と設計
- ハイパーパラメータの最適な選定と調整手法の確立
- 問題に特化したカスタムレイヤーやロス関数の設計能力
- 学習プロセス管理
- 効果的なデータ前処理と拡張技術の適用
- 学習過程の監視と適切な早期停止条件の設定
- タスクに適した評価指標の選択と結果の正確な解釈
- 実世界応用と統合
- エンド・トゥ・エンドの学習システムの設計と実装
- 転移学習技術と事前学習モデルの効果的活用
- 実環境の制約を考慮したモデルのデプロイメントと運用管理
- モデルの解釈と説明能力
- ブラックボックス化したモデルの動作理解
- モデルの解釈可能性向上への注力
- AIの限界と可能性を評価する能力、経験値
- ステークホルダーに対してモデルの動作を説明する能力
- 倫理とコンプライアンスへの対応
- データプライバシーと倫理的AI開発の理解
- 法規制やガイドラインへの対応能力
1.3.2. 機械学習エンジニアに求められるスキルセット
通常のエンジニアとしてのタスク以外に以下のようなタスクが追加された。
- 計算環境とハードウェア知識
- GPUプログラミングスキル
- クラウド計算環境の活用能力
- 並列計算環境(GPU、TPU)の最適化スキル
- データ管理とプロセシング
- 大規模データセットの構築と管理能力
- 分散ストレージシステムの理解と運用
- ビッグデータ処理フレームワーク(Hadoop、Spark等)の習得
- モデル最適化と評価
- 大規模モデルの効率的な訓練テクニック
- モデル圧縮、量子化などの手法の理解
- ハイパーパラメータ調整スキル
- 分散学習システムの設計と並列処理の実装
- クラウドやGPUリソースを活用した大規模学習の効率的管理
1.4 データ可視化と報告
データサイエンティストは、複雑な分析結果を意思決定者や非技術者にも理解しやすい形で表現し、データに基づく深い洞察を提供しなければならない。高度なデータ可視化と報告活動を通じて、データサイエンティストは複雑な分析結果を組織の意思決定に直接結びつけることで、データドリブンな戦略立案を可能にする。単なるデータの表示にとどまらず、統計的推論、機械学習、因果推論などの高度な分析手法の結果を解釈可能な形で提示し、組織に実行可能な洞察を提供することがデータサイエンティストの重要な役割となる。
この役割には以下のような高度な活動が含まれる:
a) 高度な統計分析の可視化:
- 多変量分析結果の視覚化(主成分分析、因子分析など)
- 機械学習モデルの性能評価指標の可視化(ROC曲線、混同行列など)
- 複雑な時系列データの傾向と季節性の分解表示
b) 予測モデルの解釈と可視化:
- 決定木や回帰モデルの重要変数の影響度表示
- ディープラーニングモデルの中間層の可視化(特徴マップなど)
- モデルの予測信頼区間やリスク評価の視覚的表現
c) 大規模データセットの次元削減と可視化:
- t-SNEやUMAPを用いた高次元データの2D/3D表示
- クラスタリング結果の対話的可視化
- ネットワーク分析結果のグラフ表現(社会ネットワーク分析など)
d) 因果推論の視覚化:
- 介入効果の推定結果の可視化
- 反実仮想シナリオの比較表示
- 構造方程式モデリング(SEM)の結果図示
e) 不確実性とリスクの可視化:
- モンテカルロシミュレーション結果の確率分布表示
- ベイズ推定の事後分布と信用区間の可視化
- センシティビティ分析結果の tornado diagram 表示
f) 高度なインタラクティブ可視化:
- リアルタイムデータストリームの動的可視化
- 複雑なフィルタリングとドリルダウン機能を持つダッシュボード
- VRやARを活用した多次元データの没入型可視化
g) 説明可能AI(XAI)の可視化:
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SHAP値やLIMEを用いたモデル予測の局所的解釈の可視化:これらの技術によって複雑なモデルの予測を解釈し、ステークホルダーが理解できるよう言語化する。以下のような可視化技術により、データサイエンティストは機械学習モデルのブラックボックス性を緩和し、モデルの決定プロセスを透明化することが求められる。これは、特に金融、医療、法律など、決定の根拠が重要視される分野で重要となる。
- 特定の予測がなされた理由の説明
- モデルの信頼性や公平性の評価
- モデルの改善点の特定
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部分依存プロット(PDP)やアキュムレーテッド・ローカル・エフェクト(ALE)プロットによる特徴の影響度表示。これらの可視化技術を用いて、モデルの内部構造をより深く理解し、その挙動を明確に説明することが求められる。これは、モデルの信頼性向上、意思決定の透明性確保、そして継続的なモデル改善のために重要となる。
- 非線形性の特定
- 特徴量の重要度評価
- 特徴量間の相互作用の理解
- モデルの挙動の説明
- モデル改善の指針
- ドメイン知識との整合性確認
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敵対的サンプルの生成と影響の可視化。敵対的サンプルの研究と可視化は、機械学習モデルの脆弱性を理解し、そのロバスト性を向上させるための重要なツールとなる。データサイエンティストは、これらの技術を用いてモデルの信頼性とセキュリティを大幅に向上させ、より堅牢なAIシステムを構築することが求められる。
- モデルの脆弱性の特定
- セキュリティリスクの評価
- モデルのロバスト性向上
- 説明可能性の向上
- ステークホルダーへの報告
- 継続的なモニタリングと改善
h) 高度なナラティブ構築と洞察の伝達:
- 複雑な分析結果を非技術者向けにストーリー化
- 統計的有意性と実務的重要性のバランスを考慮した報告
- 異なるステークホルダー向けの多層的な洞察提供
i) 予測的アナリティクスの結果報告:
- 将来シナリオの確率的予測結果の可視化
- What-if分析ツールの開発と結果の動的表示
- 予測モデルのパフォーマンス経時変化のトラッキングと可視化
j) 異常検知と根本原因分析の可視化:
- 多変量異常検知結果のヒートマップ表示
- 時系列異常の文脈を考慮した可視化
- 根本原因分析のための因果グラフの対話的探索ツール
2. ステップ2:生成AIの台頭(AIの民主化)
人工知能(AI)と機械学習(ML)の分野は、ここ数年で劇的な進化を遂げた。ステップ1のディープラーニングの台頭から始まり、現在始まっているステップ2の生成AIの時代へと移行する中で、技術とその応用範囲は飛躍的に拡大した。この変遷の中で最も顕著な変化の一つが、モデルの大規模化であった。かつては高々数十億程度だったモデルのパラメータ数が、今や数千億規模にまで膨れ上がった。GPT-3、BERT、T5といった大規模言語モデルの登場は、自然言語処理の可能性を大きく広げ、人間のような文章生成や複雑なタスクの遂行を可能にした。
同時に、転移学習とファインチューニングの手法が一般化し、事前学習済みモデルの活用が広く普及した。これにより、特定のタスクに対して効率的にモデルを適応させることが可能となり、AI開発のスピードと精度が大幅に向上した。さらに、マルチモーダル学習の進展により、テキスト、画像、音声といった異なる種類のデータを統合的に扱うモデルが登場した。DALL-EやCLIPなどの革新的なアーキテクチャは、テキストから画像を生成したり、画像の内容を言語で理解したりする能力を示し、AIの応用範囲を大きく拡大した。
生成モデルの分野でも飛躍的な進化が見られ、GANからDiffusion Modelへの移行が起こりました。これにより、より高品質で多様な画像、音声、テキストの生成が可能となり、クリエイティブな分野でのAIの活用が加速した。また、AIの民主化とローコード化も進み、Hugging FaceやOpenAI APIなどのプラトフォームの普及により、専門知識がなくてもAI機能を利用できるようになった。これにより、AIが一般のアプリケーションにも容易に組み込めるようになり、その影響力はビジネスや日常生活のあらゆる面に及んでいる。
このような状況の下で、データサイエンティストの役割はまた進化しつつある。しかし、その進化の度合いは組織や業界によって大きく異なる。先進的な企業では、データサイエンティストがAIシステムの設計や戦略立案に関与する例も増えているが、多くの組織では依然として従来のデータ分析や基本的な機械学習モデルの構築が主な業務となっている。技術の急速な進化に伴い、データサイエンティストに求められるスキルセットも拡大しているが、多くの実務者や組織がこの変化に追いつくのに苦労しているのが実態だろう。
よってAIや機械学習の影響力は確実に拡大しているものの、その実際の適用や価値創出には依然として課題が残されている。そしてステップ2の生成AIの時代において、企業の成功と失敗は、この技術をどのように活用し、組織に統合するかに大きく依存するだろう。そしてデータサイエンティストへの役割の与え方は、この成功または失敗に重要な影響を与える要因の一つと考えられる。
2.1 「生成AIの時代」の始まり
「生成AIの時代」の正確な開始時期を特定することは難しいが、本稿では2022年頃を一つの目安と考えている。以下に関連する主な歴史的文脈を整理する。
- 2014年: GANs(敵対的生成ネットワーク)の登場: Ian Goodfellowらによって提案され、生成モデルの新たな可能性を開いた
- 2017年: Transformer architecture の登場: "Attention Is All You Need" 論文で提案され、後の大規模言語モデルの基礎となる
- 2018-2019年: GPT-2、BERT などの大規模言語モデルの登場: 自然言語処理タスクで高い性能を示し、注目を集める
- 2020年: GPT-3 の登場: 1750億パラメータの巨大モデルが、少数のサンプルから様々なタスクを学習できることを示す。これにより、生成AIの可能性が広く認識されるようになった
- 2021年: DALL-E、Midjourney などの画像生成AIの登場: テキストから高品質な画像を生成する能力を示し、創造的なAI応用の可能性を広げる
- 2022年: ChatGPT の一般公開: OpenAI による対話型AIの公開が、生成AIの可能性を一般大衆に広く知らしめる。この年は「生成AI元年」とも呼ばれている
- 2023年: GPT-4 の登場、様々な生成AIツールの普及: より高度な理解力と生成能力を持つモデルが登場。画像生成、音声生成、コード生成など、様々な領域で生成AIツールが一般に利用可能に
このタイムラインを見ると、2020年のGPT-3の登場が技術的には「生成AIの時代」の始まりを象徴する出来事だという解釈もあるだろう。また2022年のChatGPTの一般公開もよって、一般大衆の日常生活のシーンで画期的な先端AIが活躍し始めビジネス界に大きな衝撃を与えた点を持って「生成AIの時代」の始まりとする考え方もある。どちらも正解であろうが、本稿では人々が簡単にアクセスして積極的にAIを使いこなし始めたという意味での「AIの民主化」がよりエポックメイキングな出来事だったと整理した。
ここで上記の、2020年にGPT-3が初めて紹介された論文"Language Models are Few-Shot Learners"のAbstruct部分を見てみよう。
最近の研究では、大規模なテキストコーパスで事前学習を行い、その後特定のタスクでファインチューニングを行うことで、多くのNLPタスクとベンチマークで大幅な成果が示されてる。このアーキテクチャは通常タスクに依存しないが、それでも数千から数万の例を含むタスク特有のファインチューニングデータセットが必要となる。対照的に、人間は一般的に、わずかな例や簡単な指示だけで新しい言語タスクを実行できる - これは現在のNLPシステムがまだ大きく苦戦している点である。
ここでは、言語モデルのスケールアップが、タスクに依存しないフューショット性能を大幅に向上させ、時には以前の最先端のファインチューニングアプローチと競合できるレベルにまで達することを示す。具体的には、1750億のパラメータを持つ自己回帰言語モデルGPT-3を訓練した。これは、これまでの非スパース言語モデルの10倍以上のパラメータ数である。そして、フューショット設定でその性能をテストした。すべてのタスクにおいて、GPT-3は勾配更新やファインチューニングを一切行わずに適用され、タスクとフューショットの指示は、純粋にモデルとのテキスト相互作用によって指定される。
(結果として)GPT-3は、翻訳、質問応答、穴埋めタスクなど、多くのNLPデータセットで高い性能を達成した。また、単語のアンスクランブル、新しい単語を文で使用する、3桁の算術を行うなど、その場での推論やドメイン適応を必要とするいくつかのタスクでも高い性能を示した。同時に、GPT-3のフューショット学習がまだ苦戦しているデータセットや、大規模なWebコーパスでの訓練に関連する方法論的問題に直面しているデータセットも特定した。最後に、人間が書いた記事と区別するのが難しいニュース記事のサンプルをGPT-3が生成できることを発見した。この発見とGPT-3全般に関する、より広範な社会的影響について議論する。
これが現在我々がChatGPTなどで当たり前となっている「プロンプトを与えることで、望んだ結果を得ることが出来る」ようになった革新的な成果について記述した文章だ。プロンプトで期待するアウトプットを例示したり、解決手続きを具体的に指示したりするだけで、モデルはその少ない情報(フューショット)から「学習」して回答することが出来る。
2022年はChatGPTの公開以外のエポックとして、実はもう一つ興味深い論文Emergent Abilities of Large Language ModelsがGoogle Researchから出ているので紹介しておきたい。大規模言語モデルでは、そのモデルのサイズを大きくすることで性能が向上することが知られていたが、面白いことに「あるモデルサイズを超えると予想してなかった能力が突然創発する」ことも分かっており、この大規模言語モデルの「創発現象」について詳しく調べた最初の研究だった。この論文では創発現象が何故起きるのかのメカニズムの理解には辿り着いておらず、創発現象を研究する際の視点を整理している。近い将来、この創発現象のメカニズムが解き明かされる時代も来るのかも知れない。そうなると人間の能力の殆どがかなり高い効率で代替される可能性が出てくるのではないだろうか。また生命はDNAの塩基配列(つまり大規模な文字列)によってデザインされており、この生命は30億年前の「バクテリアの総発」から始まって今日に至るまで進化(新しい能力を総発)して来たわけだが、こうした創発メカニズムについては我々は全く何も分かっていないに等しい。この創発メカニズムの理解・応用が「生成AI時代」の次の時代の主なテーマになるのではないかと筆者は想像している。
2.2 生成AIの業務への適用
2.2.1 社内業務の自動化
生成AIは伝統的に人間が行ってきた様々な業務プロセスを効率化し、人間の作業を補完または代替し始めている。データサイエンスとは直接関係ないものも多く含まれるが、例えば典型的には以下のような業務がある。
1. 文書作成と管理
- レポート生成: 経営企画レポート、進捗報告書、議事録などを自動的に作成
- 例: 経営企画レポートの下書きを生成AIが作成し、担当者が確認・編集
- 文書要約: 長文の報告書や契約書を要約し、重要ポイントを抽出
- 例: 100ページの技術報告書を2ページの要約に自動変換
2. カスタマーサポート
- 内部向けヘルプデスク: 従業員からのIT関連や人事関連の問い合わせに自動回答
- 例: 「有給休暇の申請方法は?」という質問に対して、手順を詳細に説明
- FAQの自動生成: 頻繁に寄せられる質問とその回答を自動的に作成・更新
- 例: 新製品のFAQを過去の類似製品の情報を基に自動生成
3. プログラミングと開発
- コード生成: 仕様書に基づいて基本的なコードを自動生成
- 例: データベース接続やAPIエンドポイントの基本構造を自動生成
- バグ修正支援: エラーメッセージを解析し、修正案を提案
- 例: StackOverflowのような形で、エラーの原因と解決策を提示
4. データ分析とレポーティング
- データクレンジング: 生データを分析に適した形に自動的に整形
- 例: 異なるフォーマットの顧客データを統一フォーマットに変換
- インサイト生成: データセットから重要な傾向や異常値を自動的に抽出
- 例: 月次の販売データから、地域ごとの成長率や季節変動を自動分析
5. スケジューリングと調整
- 例: 月次の販売データから、地域ごとの成長率や季節変動を自動分析
- 会議設定: 複数の参加者のスケジュールを考慮して最適な会議時間を提案
- 例: 10人の役員の予定を調整し、全員が参加可能な時間帯を自動提案
- プロジェクト管理: タスクの依存関係を考慮して最適なスケジュールを生成
- 例: 100以上のタスクを持つ大規模プロジェクトの最適なガントチャートを作成
6. マーケティングコンテンツ作成
- ソーシャルメディア投稿: ブランドの tone of voice に合わせた投稿文を自動生成
- 例: 新製品のプレスリリースから、TwitterやInstagram用の投稿文を自動作成
- メールキャンペーン: 顧客セグメントに合わせたパーソナライズされたメール文面を生成
- 例: 購買履歴に基づいて、各顧客向けにカスタマイズされたプロモーションメールを作成
7. 法務と契約管理
- 契約書レビュー: 契約書の内容を分析し、潜在的なリスクや問題点を指摘
- 例: 100ページのライセンス契約書から、不利な条項や曖昧な表現を自動検出
- 法的質問への回答: 社内の法的質問に対して、関連法規や過去の判例を参照して回答
- 例: 「この新サービスは個人情報保護法に抵触しないか?」という質問に、具体的な法条文を引用して回答
上記のように、生成AIは幅広い業務領域で活用可能であることが示されてきた。しかし、注意すべきは生成AIはこれらのタスクを完全に自動化するのではなく、人間の作業を支援し、効率を高める役割を果たすということだ。多くの場合、生成AIの出力は人間によるレビューや編集が必要であり、人間とAIの協働が重要となる。
また、これらの自動化を成功させるためには、適切なデータの準備、AIモデルのファインチューニング、業務プロセスの再設計など、綿密な準備と継続的な改善が必要となる。さらに、プライバシーやセキュリティ、倫理的な配慮も重要な課題となり得る。生成AIの導入は、単なる業務の効率化でなく、従業員がより創造的で戦略的な業務に集中できるようにする機会としてとらえると良いだろう。
こうした「既存業務でAIで置き換えられるものをどんどん置き換えよう」という最近の動きについて、企業側が念頭に置くべきことが2つある。技術の高速な陳腐化とデータサイエンティストの位置付けの高レベル化だ。
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技術の高速な陳腐化と進化:
- 社内ITのロードマップと十分な整合性が取れないまま性急に社内業務のAI化を推進すると、EUC(End User Computing)ツールの氾濫が発生してIT部門を始め会社が全貌を把握出来なくなる。
- 一方で、生成AIの進化速度は著しく、一つのソリューションに依存することは極めて危険である。旧モデルがサポートされなくなりシステムが動作しなくなったり、もっと最新のモデルに置き換えるコストや頻度はこれまで以上になるだろう。
- また、多額の投資をして生成AIツールを作成した場合も同様にリスクがある。生成AIを担いだベンダーに多額の開発費うを支払って開発した自社の特製のモデルが、ものの数カ月で新しい生成AIの登場して自社特製モデルを凌駕する性能を叩き出す可能性がある。この場合、結局投資回収は出来ない危険があるがそのリスクは想像以上に大きい。あるいは、モデルの作り直しで再びベンダーに多額の開発費を支払う必要に迫られるかも知れない。
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データサイエンティストの位置づけの高レベル化:
- 上記のような問題やリスクを回避するためには、自社のデータサイエンティストをただの分析者ではなく、将来技術の目利きも出来る専門家として育てていく必要がある。
- 特にどの技術やプロセスは社内においておき、どの部分は一般の生成AIを使う、どこはもう一歩踏み込んでファインチューニングした自社独自のAIを用いると言った線引きは技術やトレンドを熟知した人間でなければ容易に見誤る可能性がある。
- 特に、営業現場など声の大きな部署が推進決定した要件を実装するだけのIT・エンジニア部門では、将来の会社の業務効率に大きなリスクのある問題提起をすることは難しい。
- よってデータサイエンティストの役割、位置づけをより高レベルに設定し、営業現場などのフロント部門やIT・エンジニア部門との力関係に妥当な均衡を与えることが経営課題になってくる。そして、ビジネス戦略との整合性や社会倫理的な考慮も出来るよう責任や権限を与える必要もあるだろう。そのために経営層の理解や組織文化の変革も同様に重要になってくる。
2.2.2 プロンプト・エンジニアリングはデータサイエンスではないが、データサイエンティストは生成AIの使い方も理解しておくべき
LLMのプロンプト・エンジニアリング(自分が望む答えをAIが出しやすいように命令文を工夫すること)を用いたタスクの自動化は極めて簡単に実行できる。同じタスクを従来のルールベースのロジックで記述しようと思っても、不可能か不可能でないまでも多大な投資を必要とするようなタスクも極めて短い命令文で実行することが出来る。これは中々衝撃的であったため足元で生成AIが爆発的に普及しているのは当然であろう。ところで、このプロンプト・エンジニアリングを上手くやることが生成AIを使いこなすコツとして学ぶことを奨励される傾向がある。しかし、プロンプト・エンジニアリングに凝るのは良いのだろうか?
もちろんそれで良い結果が一回得られれば十分という場合もある。しかし、一般的に業務を自動化したい場合には、これはあまり筋の良いアプローチではない。何故ならば、特定のLLMモデルの特定のバージョンでは上手く行っても他でも上手く行くとは限らないからだ。一つのモデルの一つのバージョンの仕様に人間が過学習しに行っている状態とも言える。そして上述の通り技術の高速な陳腐化によって、次のモデルが出てきた際には、その新しいモデルに合わせるために、またプロンプトを書き換えるというバカバカしい作業が発生する可能性がある。
そういうアプローチよりは、やりたいタスクの中でLLMが得意な部分タスクを絞り込み、そのタスクにおいてもプロンプトは可能な限り単純なものに絞り込んで使う。そしてLLMが不得意なタスクは別の機械学習技術で実装するというアプローチが現実的だ。こうした際に「この部分のタスクは機械学習の別の技術の方が安定してて良さそう」というあたりを付けて、PoCとして実装するのがデータサイエンティストの仕事となる。
例えば、全上場企業の公開資料からその企業の製品サービス名とその概要説明文を抽出して日本語と英語で統合したリストを作成したいとする。人間がやるならば、企業のWebサイトで公開されている製品紹介サイトを見つけて、エクセル等のスプレッドシートに製品名とその説明文ををコピーして貼り付ける。同じ作業を対応する英語のページでも行って、日本語と英語が対応するリストが完成する。こうして書いてしまえば簡単そうだが、いざやるとなると膨大な人手が必要となりそのためのコストは馬鹿にならない。
こうしたタスクを人間が介さないように自動化する際には、様々な技術を組合せる必要がある。例えば作業プロセスを以下の6段階に分けてみよう。
- 上場企業のWebサイトから製品・サービスの紹介を行っているページを見つけてリスト化する
- 当該リストのWebページに行ってテキストを取得する(クローリング出来るページに限る)
- AIが性能を発揮しやすいようにテキストを調整する(例えばテキストをチャンクにバラして製品名やその解説が記載されている確率が高いチャンクとそうでないチャンクに判別して仕訳するなど)
- AIにプロンプトを投げて、製品名と説明文の抽出結果を受け取り表を作成する
- AIの結果を受けて内容が妥当か評価し妥当でなけば、別のなんらかの方法で期待した結果を得る
- 日本語と英語で得られた結果を統合して日英の対応関係の妥当性や抜け漏れを確認する
上記全てのプロセスで生成AIを活用することも出来るし、生成AIを用いなくても出来ることも多い。しかし、現実的にどのような選択肢があり得るのか、課題・リスクは何か、パフォーマンスはどの手法が優れているのか、コストはどうかなどの知見は、最新の技術動向のみならず従来的な機械学習手法やエンジニアリング技術についても知識が無ければ取りうる手段が分からないし、工夫のしどころも目星がつかない。
上記の作業をデータサイエンスに明るくないエンジニアがプロンプトエンジニアリングと通常のデータ処理だけで対応しようとすると、プロンプトエンジニアリングに頼り過ぎてあまり良いものは作れないだろう。こうした場面想定からも分かる通り、生成AI時代においてデータサイエンティストの重要性は増す一方だろうと考えられる。
2.2.3 生成AIのアプリケーション開発とデータサイエンスへのインパクト
生成AIによってテクノロジー業界は今、大きな転換点を迎えている。例えばプロンプトだけでWebアプリケーションをゼロから開発・デプロイできるサービスの登場などは、この変化を象徴する出来事の一つである。表面的には、誰もが簡単にアプリケーションを作れるようになる、開発の民主化が進むように見える。しかし、この変化の本質はより深いところにある。
こうした技術革新は、二つの大きな流れを生み出している。短期的には、確かに開発の効率化と民主化が進み、世界中で多くのアプリケーションが生まれることだろう。しかし、より重要な長期的な変化として、「大賢者AI」とでも呼ぶべき人工超知能ASIの出現による構造変革が予想される。このASIは、アプリケーションという形態すら必要とせず、API経由で直接的に価値を提供する可能性を秘めています。
しかし、このような変化は、決して人間の創造的価値を否定するものではない。むしろ、単純な開発作業が自動化されることで、人間にしかできない、真に価値あるソリューションの創造がより重要になってくる。テクノロジーの進化は、私たちに創造的思考の重要性を、より一層強く認識させることになる。
これからの時代、エンジニアやデータサイエンティストに最も求められるのは、AIに対して適切な問いを投げかけられる知性だ。それは単なるプロンプトの書き方のスキルではない。テクノロジーの本質を深く理解し、その理解に基づいて創造的な対話を展開できる能力だ。そして、その技術的な理解を実際のビジネス価値へと結びつける力が不可欠となる。
特にデータサイエンスの領域では、この本質的な理解の重要性が顕著だ。AIが生成したコードや分析結果を鵜呑みにすることは、極めて危険な結果を招きかねない。統計理論や機械学習の基礎原理、それらの手法が持つ前提条件や限界を深く理解していなければ、適切な判断を下すことはできない。理論的な理解が、実践的な価値創出の礎となるのだ。
これからのテクノロジー人材に求められるのは、三つの能力の統合である。第一に、技術の本質を深く理解する力。第二に、ビジネスや社会のコンテキストを正確に把握する力。そして第三に、これらの理解に基づいて新たな価値を創造する力だ。この三位一体の能力を持つことで、AIという強力なパートナーと共に、真に価値あるソリューションを生み出すことが可能になる。
技術革新は今後も加速し、AIの能力は更に向上するだろう。しかし、それは人間の創造的価値を減じるのではなく、むしろ増大させる方向に作用するだろう。なぜなら、より強力なツールを手にすることで、人間はより本質的な創造的思考に注力できるようになるからだ。基礎理論の深い理解、創造的な問いを立てる力、そして新たな価値を構想する能力。これらを備えた人材こそが、AI時代のテクノロジー領域を真にリードしていく存在となる。
2.3 データサイエンティストへの需要動向
ここで改めて今後のデータサイエンティストへの需要動向についてまとめてみよう。以下のように需要が増加する要因と減少する要因が考えられる。
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需要を減少させる要因:
- 自動化ツールの発展: 生成AIによってデータ前処理や基本的な分析タスクを容易にすることで、従来のデータサイエンティストでなくとも同様のタスクを実行することが出来るようになる。
- ノーコード/ローコードプラットフォームの普及: 生成AIに限らず時代の潮流として、ノーコード・ローコードが普及することで、エンジニアでなくとも業務アプリを実装することができ、データサイエンティストでなくても簡単に分析が可能になる。
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需要を増加させる要因:
- データ駆動型意思決定の重要性増大: より多くの企業がデータ分析を導入する。生成AIによって、データ分析タスクへの障壁は各段に低くなったため、これまでデータ分析に消極的であった企業が積極的に導入するようになる。
- 新たなデータソースの出現: IoT、ソーシャルメディアなどからこれまで以上に大量のデータ収集蓄積され分析対象とすることが出来るようになる。
- 新たな技術の進展による新しい事業機会の出現:例えば、量子コンピュータはまだ少なくとも10年先の技術と言われているが、仮に量子コンピュータが実用的な段階になれば、それを用いたデータサイエンティストの新しい役割が登場する。量子コンピュータほど大きな話ではなくとも、小さな技術の進展が出来ることの地平を少しずつ広げていくため、データサイエンティストへの需要は増加する。
上記を見ると、総じてデータサイエンティストへの需要は長期的に増加はすれど、減少するということは無さそうであることが改めて確認できる。時代の趨勢として情報の価値がこれまで以上に高まり、それを使いこなすことが企業に求められる時代になるだろう。この際、一般企業は自社で生成AIをゼロから開発するなどのAIモデリングでリーダーになることは難しいであろうし、その計算エンジンであるGPUの製造を行うことも現実的ではない。それでは何もできないかと言うとそうではない。それらを使いこなす人間の脳に投資することこそが非常に現実的で重要な選択肢となる。
2.4 生成AIの発展による構造変化とデータサイエンティストの未来
生成AIの急速な発展は、データサイエンスの領域にも革命的な変化をもたらしている。これは企業が生き残りをかけて新しい時代に対応しなければならないこと意味し、そのためにデータサイエンティストの役割や必要とされるスキルセットも根本的に再定義する必要があることを意味する。
2.4.1 生成AIがもたらした構造変化
生成AIの急速な発展がもたらしたデータサイエンス関連の構造変化をまとめると、およそ次のようになろう。
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自動化の加速:
- 基本的なデータ処理、クリーニング、特徴量エンジニアリングの自動化
- コード生成による開発プロセスの効率化
- レポート作成や基本的な分析の自動化
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知識のデモクラタイゼーション:
- 非専門家でも高度な分析が可能になるツールの普及
- 自然言語インターフェースによるデータクエリの簡易化
- 専門知識がAIに組み込まれることによる専門知識へのアクセスの低コスト化、迅速化
- 転移学習の発展: ドメイン固有の知識獲得が効率化
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データ生成パラダイムの転換:
- 合成データの大規模生成による訓練データの拡張
- 希少事例や異常ケースのシミュレーション能力の向上
- プライバシー保護下でのデータ共有・活用の新手法
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分析の高度化と企業が取り得る選択肢の拡大:
- マルチモーダルデータの統合分析の一般化
- リアルタイム分析と即時の意思決定支援のニーズ増大
- より複雑な問題設定や高度な分析手法のフィージビリティ向上
- 経営の意思決定のより上流の課題解決のプロセスにデータサイエンスを組み入れることによる事業の選択肢の拡大
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倫理とガバナンスの重要性増大:
- AI生成コンテンツの真正性と信頼性の検証必要性
- データプライバシーと公平性に関する新たな課題の出現
- AIシステムの説明可能性と透明性への要求の高まり
2.4.2 問われる企業の対応能力
上に示したような生成AIによる急速な構造変化は、企業に二つの重要な課題をもたらしている。これらの課題に適切に対応することで、企業は競争優位を確立し、AIがもたらす様々なリスクを軽減することができる。
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第一の課題 - データサイエンティストの役割の再定義: 従来、データサイエンティストは単なる問題解決者として扱われてきた。しかし、AIの進化に伴い、彼らの役割は、従来の位置付けに加えて、より戦略的な役割へと変化する必要がある。例えばエース級のデータサイエンティストの知見を経営判断に反映させることで、企業は経営企画部の人材では気が付かなかった有望な選択肢に気付くことが出来るようになり、更に急速な技術革新の変化への舵取りで以下のようなリスクを軽減できる。
- 高速な陳腐化リスク:昨今のAIの急速な進化に感化され、自社も生成AIを使って事業に役立てていこう、と考えるかも知れない。そして相当の資金を投じて外部の専門家を雇って生成AIのサービスを構築するかも知れない。しかし、そうして作られたサービスは一夜にして、新型の生成AIが出た際にその機能の一部として「ほぼ無料」で実現出来てしまい、自社が行った投資は一瞬で陳腐化して無駄に終わる可能性もある。
- 慎重すぎるリスク:陳腐化リスクを恐れて何もしないでいれば、自社の生産性の低いサービスや高コストな製品の競争力が市場から評価されなくなっていく可能性もある。あるいは、インパクトの無い領域でAIを導入して「やっているポーズ」をとっているうちに、競合他社がディスラプティブな技術の開発に成功して遠く突き放されてしまうかも知れない。
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第二の課題 - データサイエンティストの能力を正しく見極め、適切に育成すること: 第一の課題であるデータサイエンティストの役割の再定義を行うと同時に、その定義に沿って適切な人材の獲得・育成が必要となる。そして、急速に進化するAIも活用しつつ、その能力を急速に高めるようなデータサイエンティスト部隊を形成することで以下のリスクを軽減できる。
- 生成AIへの過度な依存:生成AIの急速な進化により、生成AIに依存して自ら調べて考えることを怠る従業員やデータサイエンティストが現れる。特に、第一の課題であるデータサイエンティストの役割の再定義が出来ていない企業は、具体的なゴールが無いために「まずは生成AIを使えるようになれ、生成AIのリテラシーを上げろ」と号令をかけことだろう。その結果何が起きるか?「仕事を生成AIに任せて自分は考えなくてもやっていける」と考える従業員が増殖してしまうのだ。あるいは「日に日に優秀になっていくAIに生身の人間が勝てるはずがない」と諦めてしまう人々も増えるだろう。確かに専門的な業務であれ、コモディティ化された作業であれ、生成AIにとって代られるタスクは今後増加していくだろう。
しかし、自社の貴重な人材をそのように生成AIを使いこなすのではなく、生成AIに使われる人材にしてはならない。むしろこの新しいツールを用いて自分の業務を徹底的に効率化し、専門知識もAIからも含めて効率的に吸収し高速に成長するよう導く必要がある。またそうした体制を整えている企業に優秀な人材も集まるようになるだろう。
結果として、企業はAIの急速な進化に適応しつつ、無駄な投資を避け、優秀な人材を引き寄せ、その人材の能力を最大限に引き出すことができる。こうしてAIが主導する新しいビジネス環境において、持続的な競争優位を確立することが可能となるのである。
2.4.2 データサイエンティストの役割の変化
ここで改めてデータサイエンティストの役割の変化についてまとめてみよう。従来の専門的な分析者としての役割は当然そのまま残るのだが、それに加えて上位のデータサイエンティストには以下のような役割が追加的に期待されるようになるだろう。最大の特徴はこれまで以上に組織横断的なスキルセットが求められるようになることだ。
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戦略的問題設定者:
- 組織全体のデータ活用戦略の立案と実行に関する主導的役割
- ビジネス課題を「AI可解」な問題に翻訳する役割
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AI-人間協調のオーケストレーター:
- AIと人間の専門家の強みを最大化する協働モデルの構築
- 組織内のAIリテラシー向上の推進
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AI システム設計者:
- 複数の AIモデルと従来の分析手法を統合したソリューションの設計
- AIシステムのアーキテクチャ設計と最適化
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高度な問題解決者:
- 革新的な分析アプローチの開発
- 複雑な学際的問題に対する創造的ソリューションの提案
-
倫理的 AI 推進者:
- AIの公平性、透明性、説明可能性の確保
- AI利用に関する倫理的ガイドラインの策定と実施
こうした能力は一朝一夕には身に付かない。外部から優秀と言われているデータサイエンティストを雇っても自社のドメイン知識が不足しているため短期間で良いパフォーマンスを発揮するのは難しい。また急いで外部コンサルタントを入れてもデータサイエンスの力量不足で月並みな提案しか出て来ないだろう。こうしたことから企業は長期的かつ包括的な目線で、自社のデータサイエンティストの育成をはかる必要がある。
結論として、生成AIの発展はデータサイエンティストの役割を、従来の「専門的な分析者」から「戦略的パートナー」まで包含するように昇華させるだろう。この変化に適応し、AIと協調しながら人間ならではの価値を提供できるデータサイエンティストが、今後のデータ駆動型社会で中心的な役割を果たすことになると考えている。
3. ステップ3:長期的展望 〜 AIの爆発的進化 〜
最後に簡単に近未来の予想を見て行こう。10年後の2034年頃には、データサイエンティストの役割は更に拡大して社会全体のAIシステムの設計者・管理者へと進化すると筆者は予想している。そしてこうした状況を生む技術的な背景として、以下のような特徴があると想定している。無論、確実な証拠がある訳ではなく、「そうした可能性がある」という議論である。
3.1 主な技術発展の特徴
長期的な技術の発展はいくつかの軸がある。1. AIの理論や技術そのものが進化する軸と、2. 量子コンピュータのような演算能力の向上によって出来ることの地平が広がる軸と、3. 人とAIのインターフェースが変わることによりユーザ目線で質的な変化が起きる軸、そして4. AIのアプリケーション領域での発展という軸だ。
-
AIの理論や技術の進化軸:自己進化型AI、自己創発的AIの登場による技術進化の爆発的加速化
- 自己進化型AI: 既存の学習データや経験を基に、自律的に自身のアルゴリズムや構造を改善し、性能を向上させる能力を持つAI
- 自己創発的AI: 既存の知識や経験の枠を超えて、全く新しい概念や解決策を自ら生み出す能力を持つAI
- 技術進化の爆発的加速化のメカニズム:
- a) 継続的な自己改善:自己進化型AIは、常に自身のパフォーマンスを分析し、改善点を見出し、自律的に更新を行う。この過程が24時間365日休むことなく続くため、人間の介入なしに指数関数的な性能向上が実現される。
- b) 創造的問題解決:自己創発的AIは、既存の枠組みにとらわれない新しいアプローチや解決策を生み出す。これにより、従来の人間の思考では到達し得なかった革新的なブレークスルーが頻繁に起こるようになる。
- c) 分野横断的な知識統合:これらのAIは、異なる分野の知識を独自に結びつけ、新たな発見や技術を生み出す。例えば、生物学と材料科学の知識を組み合わせて、全く新しい特性を持つ材料を設計するといったことが可能になる。
- d) 超高速な実験と検証:仮想環境内で無数の実験やシミュレーションを瞬時に行い、結果を分析し、最適解を見出すことができる。これにより、従来何年もかかっていた研究開発プロセスが大幅に短縮される。
- e) AIによるAI開発:より高度なAIが、次世代のAIを設計・開発するようになる。この過程が繰り返されることで、AIの能力が急速に向上し、技術進化のスピードがさらに加速する。
-
演算能力の進化軸:
- 量子コンピュータによる超高速演算の部分的実現: 量子コンピュータは、今日のGPUの並列化技術を用いても何年もかかり現実的な研究対象にならないような大規模な演算も、現実的な時間内で完了するようになる。もちろん10年後においても、量子AIの完全な実用化には至っていない可能性が高い。しかし、暗号解読や組合せ最適化など特定の分野や限定的な問題に対しては、量子AIによる超高速演算が実現され、実用化されている可能性がある。
- GPUの高速化: 当然GPU自体も大幅な性能向上が見込まれる。ナノスケールの製造技術、3D積層、新材料の採用、そして革新的なアーキテクチャや専用AI演算ユニットなどにより、GPUの性能と効率は飛躍的に向上すると見込まれる。
- 言語の進化: 現在は機械学習はPythonによるコーディングが一般的である。しかしpandasによるデータの前処理タスクが非常に遅いため、データサイエンティストの業務効率を下げる一因となっている。さらには業務実装の場合には高速な言語に書き換える必要もあり2度手間が発生する可能性もある。将来Pythonライクな記法でのコンパイラー言語が登場し、現在のPythonの地位を新言語が占めることで、実質的な演算効率、業務効率が向上する可能性がある。
-
生体-AIインターフェースの発展軸:人間拡張AI
- 生体-AIインターフェースとは: 人間の脳や神経系統とAIシステムを直接接続する技術が進化する可能性がある。これにより、人間の思考や意図を直接AIに伝達したり、逆にAIからの情報を直接脳に送信したりすることが部分的にでも可能になるかも知れない。
- 人間拡張AI: 人間拡張AIとは、AIを用いて人間の認知能力、記憶力、情報処理能力などを拡張・強化する技術である。生体-AIインターフェースを通じて、人間の脳とAIが緊密に連携することで実現される可能性がある。病気や事故によって身体の一部の機能が失われた人に対して、AI(及びロボット)によってその機能を補完すると言った可能性がある。
-
アプリケーションの発展軸:
a.予測的社会シミュレーター- 予測的社会シミュレーターとは:「予測的社会シミュレーター」は予測エンジンである。大規模なデータとAIを用いて、社会の様々な側面(経済、人口動態、社会行動など)を包括的にシミュレートし、将来の展開を予測するシステムを意味する。特定のシナリオの未来を予想する what-if分析なども含まれる。
- 潜在的な応用分野:
a) 政策立案: 様々な政策の長期的影響を評価
b) 危機管理: パンデミックや気候変動などの長期的な危機への対応策を検討
c) 都市計画: 人口動態や経済変化に基づく長期的な都市開発計画
d) 社会トレンド予測: 消費行動、価値観の変化などの社会トレンドを予測
b.社会規模の全体最適化システム
- 社会規模の全体最適化システムとは:都市や国家レベルの大規模な社会システムを、AIとビッグデータを用いて包括的に分析し、高速で最適化する統合システム。上記のシミュレーターによる予測結果を最適化していくアプローチも妥当と考えられる。また個々の要素だけでなく、社会全体としての効率性、持続可能性、公平性を追求出来るようなる可能性がある。そうした場合、損失関数(効用関数)のデザインがシステムの生命線となるため、実装に関わるエンジニアは技術力と共に社会的な倫理規範意識を涵養しておくことも重要となる。
- 意義: 今日では、政治的な議論や主観的な判断に委ねられている領域において、より科学的かつ客観的なアプローチを可能にする潜在性がある。
- データ駆動型の意思決定:
- 現状: 多くの政策決定が、限られたデータや個人的な経験、政治的イデオロギーに基づいて行われている。
- 将来: 大規模なデータ分析と AI モデリングにより、政策の正負の影響をより正確に予測し、客観的な証拠に基づいた意思決定が可能になる。
- 複雑な社会問題の科学的分析:
- 現状: 経済、環境、公衆衛生などの複雑な問題は、しばしば極端に単純化されて議論されている。
- 将来: 現実の複雑な因果関係をモデリングすることで、これらの問題の相互作用や長期的影響を包括的に分析できるようになる。
- リアルタイムのフィードバックと調整:
- 現状: 政策の効果を評価するのに長い時間がかかり、修正も遅れがちになる。
- 将来: リアルタイムデータ収集と分析により、政策の効果を即座に評価し、必要に応じて迅速に調整することが可能になる。
- 多目的最適化:
- 現状: 異なる政策目標間のトレードオフの評価が困難。
- 将来: 高度な最適化アルゴリズムにより、経済成長、環境保護、社会的公正などの複数の目標を同時に考慮した最適解を見出すことが出来る。
- バイアスの削減:
- 現状: 人間の意思決定者の個人的バイアスや利害関係が政策に影響を与えている。
- 将来: データ駆動型のアプローチにより、より客観的で公平な決定が可能になる可能性がある。
- データ駆動型の意思決定:
3.2 データサイエンティストの役割の変化
データサイエンティストの役割は、単なる技術者のみならず、社会システム全体の設計者・管理者へと劇的に進化していくことが予想される。この変化に対応するため、データサイエンティストには技術的スキルだけでなく、組織横断的な調整力、倫理的判断力、社会システムの理解、学際的な知識統合能力が求められるだろう。また細分化された知識を包括的に捉えてモデリング、システム化するスキルが求められるだろう。社会全体としても、AIと人間の共生のあり方や、技術進歩がもたらす影響について、継続的な議論と調整が必要となるだろう。このうち特に注目すべき点を以下にまとめた。
- 役割の高度化: データ分析から、社会システム全体の設計・管理へと役割が拡大
- 専門性の多様化: 技術的スキルに加え、倫理、社会科学、リスク管理などの学際的知識が重要に
- 適応能力の重要性: 急速に変化する技術や社会ニーズに対応できる柔軟性が求められる
- リーダーシップの需要: 組織横断的で複雑なプロジェクトや学際的チームを率いる能力が重視される
当然ながらこれらの能力は全てのデータサイエンティストが等しく必要となる能力ではなく、担当する領域によって専門能力も細分化されていく。企業は人材の能力を正しく見極めた上で最適な人材配置が必要となろるだろう。
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